なでしこジャパンが臨んだ女子アジアカップ決勝。オーストラリアの猛攻を防ぎきり、横山久美(フランクフルト)の”決死のゴール”で2大会連覇を達成した。アジアカップの2連覇を達成し、最高の笑顔を見せたなでしこ グルー…
なでしこジャパンが臨んだ女子アジアカップ決勝。オーストラリアの猛攻を防ぎきり、横山久美(フランクフルト)の”決死のゴール”で2大会連覇を達成した。
アジアカップの2連覇を達成し、最高の笑顔を見せたなでしこ
グループステージ最終戦で先制しながらも、同点に追いつかれた瞬間、あえて引き分けを狙わなければならなかった相手であるオーストラリア。互いに攻略法を徹底させた決勝は、”攻”のオーストラリア、”守”の日本という構図になった。矛と盾の戦いだったが、その中で、日本が前回の対戦から決定的に変えてきたのは前半だ。
グループステージでは前半を守り切って、失点ゼロに抑えたが、決勝では前半から積極的に仕掛けるシーンが何度もあった。特に、前回封じられていた右サイドバックの清水梨紗(日テレ・ベレーザ)、左サイドバックの鮫島彩(INAC神戸)の攻撃参加が早い段階から見られた。当然、ボールを失えば即カウンターにつながるリスクを負うが、選手たちはポジションを変えながら攻撃にどんどん絡んでいった。
17分、宇津木瑠美(シアトル・レイン)が左サイドに展開したボールに、上がってきた鮫島が中へ折り返すと、中央に逆サイドから入り込んだ中島依美(INAC神戸)がバックヘッドで合わせた。オフサイドとなったが、これも新たな一手だった。
35分には岩渕真奈(INAC神戸)がドリブルから、相手をかわすギリギリのところで前線へパス、相手DFの前にトップスピードで入ってきた長谷川唯(日テレ・ベレーザ)がそのままシュートに持ち込んだ。
前半ロスタイムには、またも岩渕が左サイドからファーへ折り返した先にフリーでいた中島へピタリと合わせたが、ボレーを放つもこれもオフサイド。
一方で、確かにオーストラリアには押し込まれ、15分にはPKを献上するこの試合最大のピンチもあった。「自作自演」と本人も苦笑いの、GK山下杏也加(日テレ・ベレーザ)の処理ミスからPKが生じ、本人の好セーブで事なきを得たというプレーだった。
いずれにしても、スコアレスでで折り返しながらも攻撃は、前回対決に比べてはるかにバリエーションが生まれていた。
誤算は、日本が優勢に持ち込みたかった後半に、オーストラリアの足が止まる気配がなく、ほとんど形を作らせてもらえなかったことだ。防戦一方となり、とにかく攻撃につなげることができなかった。
残り20分を切ったところで、高倉麻子監督が切り札としてピッチに送り出した横山も、まったくボールに触ることができないまま時間が経過していた。
後半に訪れたチャンスはたった一度。横山はそのボールが入る前に感じ取っていた。
「これ、来る。このチャンスで決めないきゃいけない」(横山)
背に相手の気配は感じていたが、長谷川からのパスは申し分なかった。直前に相手の間にスライドした横山のポジショニングも完璧だった。反転から「一度シュートにいこうと思った」が、相手の位置を確認して、すぐさま切り返して距離を残しながらも思い切り右足を振り抜いた。
最後までボールから目をそらすことなく、ゴールまでの軌道を確認した横山はよろこびを爆発させると、「とにかく一発頼むよ」とピッチに入った際、声をかけられていた阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)の元へ全力で駆け寄った。残り6分を切った段階で生まれたこのゴールが、日本を優勝に導いた。
このチームにおいて横山は、状況を一変させることができる貴重な存在だ。”変える”ためには当然、途中出場となる。横山はそれを”頭から出られない”という方向で受け止めるため、決勝進出を決定づけるゴールを奪っても、優勝に導くゴールを決めても、チームトップの4ゴールを叩き出しても、彼女自身にとっては苦しい大会だった。
「結果を出し続けないと使ってもらえない。やるしかない」と自分を奮い立たせてきた。気持ちが荒(すさ)むときもあったが、どんなときでもベンチのメンバーは横山を気持ちよく送り出し、ピッチでは出場メンバーが彼女を待ちわびていた。大会が進むにつれ、横山がゴール後に仲間のところへ一目散に駆けていくようになったのは、そんな周りの気持ちがしっかりと伝わっているからだ。
このチームが、今大会で得た最も大きなものは”優勝”ではなく、この一体感かもしれない。ワールドカップ出場権と大会2連覇がかかる大会は、もちろん初めて経験するチームだ。これだけ一緒に長く共に戦うことも初めて。その中で湧いてくる、それぞれの選手の感情を、これまでは感じ取る時間がなかった。
鮫島は言う。
「出られたり出られなかったり、イラつきだったり、凹んだり……選手それぞれに複雑な感情がある。そういったものを(試合に)出てる選手はピッチで背負ってパワーにできた。だから体を張れている場面が増えたと思います」
特に守備面では、岩渕ら前線も攻撃面を度外視して、最大限の力でプレスに走り回った。さらに最終ラインでの声が比べ物にならないほど増えた。オーストラリアを相手に、熊谷紗希(リヨン)や市瀬菜々(ベガルタ仙台)が強気に前に奪いにいけるのは、そのチャレンジをカバーする信頼関係が築かれたからこそだ。それはメンバーが入れ替わっても変わらない。
「このチームで勝ちたい!って想いが純粋に自分にはあった。優勝という結果はできすぎな気もするけど、自分にとってはその過程が本当に大きかった」(鮫島)
苦しんできたのは、若手や新加入選手だけではない。どの選択がこのチームにとっての正解になるのか、答えがない中で牽引しなければならなかった上の世代こそ、苦悩の連続だった。
苦虫を噛みつぶしたような渋い顔が多かったベテラン選手たちが、優勝のホイッスルが吹かれた瞬間、解き放たれたような笑顔を見せた。鮫島は両の手を押し上げ、同じく笑顔満開の熊谷と抱き合った。宇津木は噛みしめるように空を見上げた。阪口は……ガッツポーズで飛び跳ねた。普段は絶対に見ることができない姿だ。このチーム発足以来、初めて見せる牽引者たちの弾ける笑顔に、このチームが得たものを見た気がした。
もちろんチームを引き締めることも忘れない。「勝因を”粘り強さ”にするのは悔しい部分もある。守備面では確かにそれによって成長したけど、このままではワールドカップは戦えない」と言うのは熊谷。
ただ、絶対的にこれまでと違ったのは、選手間で映像を見る時間の多さだ。前半を見終えるまでに1時間半もかかるというのだから、まさに受験勉強なみ。以前は、次は誰が招集されるかすらわからない状況で参加者は少なかった。今大会はとにかく選手間でのミーティングが増加した。
ゼロからスタートした高倉監督率いるなでしこジャパンが2年を経て、ようやく戦える集団となった。迷いようのない確固たるベースを築き、それが優勝という形で初めて証明された。完全ではないからこそ、この優勝には意義がある。過信ではなく自信につながる優勝となった。
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◆なでしこ、W杯出場へ計算されたオーストラリア戦。「決着は決勝で」