フェドカップ、ワールドグループ2部プレーオフ、日本対英国(4月21日から兵庫県三木市のブルボンビーンズドームで開催)の代表に選出された大坂なおみが16日、横浜市内で所属先のイベントに出席し、サーシャ・バジンコーチとともに取材に応じた。 二…

 フェドカップ、ワールドグループ2部プレーオフ、日本対英国(4月21日から兵庫県三木市のブルボンビーンズドームで開催)の代表に選出された大坂なおみが16日、横浜市内で所属先のイベントに出席し、サーシャ・バジンコーチとともに取材に応じた。

 二人そろって報道陣の前に立つ機会は多くない。互いに言葉を交わし、記者に対応する姿から、大坂のコーチへの信頼感、二人の率直な意思疎通が見てとれた。大坂の精神面をコーチがうまくサポートしていることは、これまでの二人の話から明らかだったが、その印象がより深まった。

 バジンコーチと活動するようになって変わったこと、成長した点という質問に、大坂は「練習が楽しくなった」と答え、こう続けた。

「彼はポジティブで楽しい人。そのことに助けられています。ネガティブな人の中にいると自分もネガティブになってしまうけれど、彼のようにハッピーでポジティブな人が近くにいると自分もポジティブになるので」

 同じ質問に、コーチの視点からバジンコーチはこう答えている。

「彼女が言ったように、楽しくてポジティブな雰囲気を作ろうとしています。彼女自身、コート上で成熟した選手になったと思います。(ここで大坂が小声で「ありがとう」と口をはさむ)。いつもハードヒットして、いつも最高のテニスをしなくても勝てるということが分かってきたのです」

 全仏以降のグランドスラムへの意気込みを聞かれると、まず、バジンコーチがこう答えた。

「大会に臨む際は常に、できれば準々決勝、準決勝と勝ち進み、最後はタイトルをとりたいと考えています。とはいえ、まずは一つ一つです。彼女にプレッシャーをかけるつもりはありません」

 大坂は「同じ」と日本語で答え、頬笑んだ。質問者は拍子抜けでも、会見で大坂がほとんど唯一発した日本語に、会場がなごんだ。

 相手のいいところは、という、婚約会見でも出てきそうな質問に、大坂は少しはにかみながら、こう答えた。

「いいところは人柄。私はなかなか自分を出せないのに、彼に対しては自分を出せます。怒りっぽいところもあるけれど、フレンドリーで、すぐに仲良くなれる人です」

 バジンコーチは「いいところはたくさんあるが、一つ挙げるなら、自分を素直に出すことでしょう。楽しいときは笑い、悲しいときは悲しい顔をする。感情をストレートに出せるところは尊敬しています」

 息の合ったコンビであることは間違いない。また、常にプレッシャーにさいなまれる選手の防波堤として、コーチが献身的に支えている様子が見てとれた。昨年の大坂はまさに周囲からの期待と重圧に苦しんだ。もともと繊細で、試合でもネガティブな感情に支配されがちだったが、コーチが自信とポジティブ思考を植え付け、うまく誘導していることが分かる。

 指導が難しいとされる女子のトップ選手を何人も指導してきたバジンコーチは、秘訣を聞かれ、こう答えた。

「こうすれば成功するという一定のやり方はありません。そんな新しい方法を見つけたら、本を書いて億万長者になれますが、なかなかそうはいかない。新しい選手につけば、その都度、その選手のベストを引き出すにはどうしたらいいかと考えています」

 彼は謙遜するが、自分のやり方を押しつけるのではなく、選手個々にとって最善の方法をとるという、最も難しいチャレンジに取り組んでいることが分かる。

 これだけタッグがうまく機能している二人でも、グランドスラム優勝という究極の目標に達するには、もうひとつハードルを越える必要があると思われる。

 フェドカップ日本代表元監督の小浦武志氏は、選手の成長過程とコーチの関わりを、乗り物を使った巧みな比喩で説明する。

 初心者の頃の乗り物は「自転車」。楽しく自分のペースで走れば十分で、指導者もニコニコ見守るだけ。だが、やがて、プロを目指すようになると、乗り物は「スポーツカー」になる。性能は抜群で、乗り心地も最高。指導者は助手席から運転席の選手を励ます。これは二人三脚で夢を追う時期だという。

 これを過ぎると選手は、高性能でも乗り心地は悪い「フォーミュラカー」に乗り換える。コクピットに一人で座り、コーチはピットから厳しく指示を飛ばすだけ。選手は厳しいトレーニングにも取り組む。そして、すべて自分の判断、自分主導でハンドルを操る--こうして、つまり成長過程に応じてコーチとの関わり方は変わっていく、というのが小浦理論だ。

 この比喩で言うなら、今の大坂は最高性能のスポーツカーに乗り、コーチの巧みなナビで快適にレースを進めている状態か。

 過酷なF1で頂点を極めるには、今後、少し自分主導で道を進む必要がありそうだ。窮屈なコクピットに体を押し込めるように、肉体的、精神的な苦行にも耐えなくてはならないだろう。

 一般的には、それらの苦しさを伴う成長過程の先にあるのが、選手としての自立であり、成熟である。

 大坂は女王の資質を持ち合わせた選手であり、バジンコーチは彼女の成熟を感じるという。しかし、女王の冠を手にするには、まだ越えるべきハードルはあると思われる。実際、ツアー初タイトルのBNPパリバオープンは立派だったが、その後の2大会は、本来の力を出しきれていない。

 フェドカップで大坂は2年ぶりに国の代表として公式戦に臨む。土橋登志久監督がベンチコーチとして支えるが、バジンコーチはベンチ入りできず、陣営席からの応援になる。背中にかかる期待、代表としての重圧を彼女がどう扱うか。我々にとっては彼女の成長ぶりを確認する好機である。もちろん、これをうまく乗り切れば、大坂は、選手としての成熟に、そして、女王の座に、また一歩近づくことになる。(秋山英宏)

※写真は「全豪オープン」での大坂なおみ

(Photo by Jason Heidrich/Icon Sportswire via Getty Images)