WEEKLY TOUR REPORT米ツアー・トピックス パトリック・リード(アメリカ)が1打リードで迎えた最終18番。リードは下りの難しいパットを残り1m強まで寄せると、最後はそのパーパットを慎重に沈めた。直後、拳を握り締めて何度もガ…

WEEKLY TOUR REPORT
米ツアー・トピックス

 パトリック・リード(アメリカ)が1打リードで迎えた最終18番。リードは下りの難しいパットを残り1m強まで寄せると、最後はそのパーパットを慎重に沈めた。直後、拳を握り締めて何度もガッツポーズ。18番グリーンはパトロンの大歓声に包まれた。



マスターズで優勝を飾ったパトリック・リード

 27歳、地元オーガスタ大出身のマスターズ・チャンピオン誕生である。地元選手の勝利となれば、会場はさらに熱狂の渦に包まれると思われた……が、歓声のトーンは、どこか例年とは違った。

 喜びと、そうでない気持ちが入り混じったような……。何となく不思議なムードだった。その理由はいったい、何だったのだろうか。

 タイガー・ウッズが3年ぶりに出場し、優勝を狙える”役者”がズラリと顔をそろえた今年のマスターズ。大会前から例年以上の盛り上がりを見せ、最終日も2日目にトップに立ったリードを、ロリー・マキロイ(北アイルランド)、リッキー・ファウラー(アメリカ)、ジョーダン・スピース(アメリカ)といった”主役級”が追いかける展開に沸いた。

 そうした白熱した戦いの中で、ツアーで1番の人気を誇るファウラーが、土壇場で1打差まで迫ってプレーオフへの希望が膨らんだ。だが、それがあえなく絶たれ、初のメジャー制覇をまたしても逃すことになったからか?

 あるいは、9つのバーディーを奪って猛追し、一時は首位のリードに並んだスピース(アメリカ)の、劇的な逆転劇への期待のほうが大きかったからか?

 おそらく、見る側にはどちらの感情もあったに違いない。ゆえに、リードが勝った瞬間、例年とは違う空気に包まれたのだろう。

 ただそれ以上に、どうやら米ツアーにおいて、リードの存在は”ヒール(悪役)”的な位置づけにあったようだ。最終日の観客の声色から、それが容易に想像できた。

 マスターズの最終日、午後2時40分。ようやく最終組のスタート時間になった。

 1番ティーに登場したリードは拍手で迎えられた。続いて、リードを3打差で追いかけるマキロイが姿を現すと、リード以上の拍手で迎えられ、大きな歓声が飛んだ。

 英国人ながら、そもそも人気のあるマキロイ。今大会においては、4大メジャーのすべてを制する”生涯グランドスラム”がかかっていることもあるが、2011年大会では4打差リードで最終日を迎えながら、「80」を叩いて大崩れした苦い経験を持つ。そんなマキロイに、「今度こそ勝利を」とパトロンが感情移入するのは当然のことかもしれない。

 リードもこう振り返っている。

「ロリーは”生涯グランドスラム”がかかっているから、ファンがロリーに勝ってほしいと思うのは当然だと思う。だから、(ファンの歓声が自分より大きくても)僕は何も気にならなかった」

 試合はふたりの一騎打ちが予想されたが、マキロイは出だしの2番パー5で、わずか1.2mのイーグルパットを右に外した。結果的に、これが敗因となった。それからマキロイはズルズルと崩れて、優勝争いから脱落してしまった。

 テキサス州サンアントニオ出身のリード。生まれたときに、父のビルからプラスチックのゴルフクラブを与えられた。元タイガー・ウッズのスイングコーチでもあるハンク・ヘイニー氏の練習場がテキサスにあり、9歳の頃にはそこで一日中、ボールを打っていたという。

 それは、ちょうどウッズが全盛期を迎えていた頃だ。その姿を見て、リードはウッズに憧れた。以来、試合の最終日には、ウッズの真似をして”赤いシャツに黒いパンツ”という勝負スタイルでプレーするようになった。ただこれが、のちに「生意気なヤツ」と見られる要因のひとつにもなってしまう。

 リードはもともと社交的な子ではなかったそうだが、大学生になってもそれは変わらなかった。そのため、最初はジョージア大に入学するも、チームメイトに馴染めず、翌年にはオーガスタ大に転校した。

 当時はやんちゃな学生でもあったリード。コース内外で頻繁にトラブルを起していたようだ。スコアを改ざんしたなど、よくない噂もあった。だが、これについては、リードは否定している。

 2011年、20歳でプロ転向。2012年の最終予選会を経て、2013年からPGAツアーのフル参戦を果たした。そしてその年、8月のウィンダム選手権でスピースをプレーオフの末に破って優勝し、一躍注目選手となる。

 しかし、ツアーにおける好感度は上がらなかった。

 さらに2014年、リードはWGC(世界選手権シリーズ)キャデラック選手権でツアー3勝目を挙げた。その勝利後のインタビューで、「僕はもう世界のトップ5の実力だ」と言って自信をみなぎらせた。

 これがまた、いけなかった。「まだツアー3勝のくせに生意気だ」という評価が世間に広がり、「リードの『トップ5発言』」と揶揄(やゆ)されて、不人気に一層拍車をかけてしまった。

 一方で、プライベートは充実しているように見える。第一子が誕生するまでは、妻のジャスティンがキャディーを務めていた。現在も、妻の弟ケスラーがキャディーを務め、ファミリーの信頼関係の深さがうかがえる。

 子供もふたり目が生まれ、テキサス州ヒューストンに居を構えて、温かい家庭を築いているようだ。

 しかし、リードがグリーンジャケットに袖を通す瞬間、彼の両親や妹の姿はなかった。いつからか、リードは実の家族とは疎遠になっていた。

 その理由はわからない。リードの両親は、コースからわずか数十分ほどの自宅から息子の勝利を静かに見守っていた。

 メディアから「両親がこの場にいなくて残念か?」と訊ねられたリードは、「僕は勝つために、ここに来ただけだ」と答えるのみだった。

 リードと両親との関係については、さまざまな憶測が飛び交っているが、家族にはそれぞれの事情があるのだろう。どうにもならないこともあるのかもしれない。

 マスターズを勝つときは、”ライフ・チェンジ・モーメント(人生が変わる瞬間)”と言われる。

“ヒール”に徹するには、絶好の舞台が整っていた最終日。その中でリードは、とりわけバックナインでは憎らしいほどの強さを見せて”ヒール”を演じ切った。

 そんなリードに最後はたくさんの声援が送られた。はたして、リードの人生はこれから、どう変わっていくのだろうか……。