「(体の)キレはいい感じです。出たら、とにかくサッカーを楽しみますよ」 今シーズン、川崎フロンターレに移籍した齋藤学は、日産スタジアムでの古巣、横浜F・マリノスとの一戦を前にそう洩らしていた。 齋藤は昨年9月に行なわれたヴァンフォーレ甲…
「(体の)キレはいい感じです。出たら、とにかくサッカーを楽しみますよ」
今シーズン、川崎フロンターレに移籍した齋藤学は、日産スタジアムでの古巣、横浜F・マリノスとの一戦を前にそう洩らしていた。
齋藤は昨年9月に行なわれたヴァンフォーレ甲府戦で負傷。病院での検査の結果、右膝前十字靱帯損傷と診断されている。全治8カ月の見込みだった。
予定よりも1カ月早い回復に、並々ならぬ意志が感じられた。日本代表としてロシアワールドカップ出場も、自身は諦めてはいない。単なるリハビリにするつもりはなかった。
「成長した姿を見せたい」
前向きな心構えで、この日まで復活に挑んできたのだ。
後半に入った77分だった。齋藤は拍手よりもブーイングが多いなか、古巣のピッチに立っている。
古巣、横浜F・マリノス戦でケガから復帰した齋藤学(川崎フロンターレ)
4月8日、日産スタジアム。川崎FはJリーグ王者として横浜FMの本拠地に乗り込んでいる。
試合は序盤からほぼ一方的な形勢になった。横浜FMは川崎Fの攻勢に対し、ラインを下げざるを得ない。全体の位置が低すぎ、ボールを奪っても巻き返せず、波のような攻撃を受けることになった。本来はハイラインをキープし、攻撃によって守備を旋回させる戦術も、守勢に回ってしまい、持ち味が消えた。
川崎Fは中村憲剛を中心に、コンビネーションを使った丹念な攻撃で、受け身になった横浜FMを攻め立てた。家長昭博が右サイドで幅を作って、エリア内に入った中村が合わせる。中村の自陣からのロングスルーパスを受けた知念慶が右足で狙うが、これはニアのポストを叩く。中村が密集でボールを受けると、左サイドでフリーになっていた阿部浩之に展開し、クロスを折り返して家長が飛び込むも、枠を外れた。
川崎Fは中村を軸にしたプレーメイキングによって、いくつもチャンスを作った。ボールを握る強度で、完全に横浜FMを上回る。しかし、前半だけで10本のシュートを打ちながら、無得点に終わっている。
「前半から飛ばしていって、推進力というか、圧力というか、プレーにパワーを使った。それで点が取れなかったので、最後に疲労がくることは予想していた」(川崎F・鬼木達監督)
後半、川崎Fは攻め疲れの様相が強くなる。横浜FMは背水の陣を敷くように、決死の高いハイラインで、サイドバックがインサイドでプレー。GK飯倉大樹はディフェンダー同然のポジションをとった。これに川崎Fの自慢のパスワークが封じられ、ボールのイニシアチブまで与えてしまった。
完全にガス欠の状態だったが、川崎Fは地力を見せる。58分、大島僚太がバックラインの前でターンし、右サイドの阿部にパスを通し、折り返したクロスを家長が左足で叩く。ボールはポストに当たるが、跳ね返りがGKの顔面に当たってゴール。帳尻を合わせたように見えた。
ところがその直後、CKを与えると、エリア内で中澤佑二をフリーにし、ヘディングシュートを打たれると、DFに当たってコースが変わり、同点に追いつかれてしまった。
その後、川崎Fは仕留める力のある大久保嘉人を投入し、攻撃陣に鞭を打つ。しかし、全体のテンポが上がらない。さらに77分、齋藤を左サイドに入れ、総攻撃を仕掛けた。
「(齋藤)学はドリブルの推進力があるし、それでチームにパワーを与えられる。そこが一番の期待。彼に預ければ何かやってくれるし、それで相手が釘づけになるから、逆サイドは空いてくる。ボールを前に運べる力というか、うちにあまりいないタイプの選手だと思う」(川崎F・中村憲剛)
齋藤は登場した瞬間、古巣の横浜FMファンから強烈なブーイングを浴びている。その後もボールを触るたび、怒ったようなブーイングを受ける。移籍を決断したエースへの、愛情の裏返しと言えるだろう。
約200日ぶりのピッチとなった齋藤は、直後は試合には入り切れなかったものの、数分で調子を上げる。最後のプレーでは、冷静に大久保の動きに合わせてスルーパスを送ったが、シュートはブロックされてしまった。
「(横浜FM戦まで)試合は先週、大学生を相手にやっただけ。思った以上に、疲れましたね(笑)。(試合に)出た瞬間に、一度心拍数が上がった感じで、それが落ち着いてからはやれたのかなと。GKの逆をついて弾かれたシュート? あれは嘉人さんを狙ったクロスが変なところに当たって飛んじゃっただけです」
齋藤は正直に明かし、久しぶりにピッチに立って、ボールを蹴れた実感を噛みしめていた。
はたして齋藤は川崎Fのサッカーに適応するのか。試合後の会見では不安視する声も出ていた。しかし齋藤はサッカーIQの高い選手である。大久保、小林悠、中村、大島らと融合するのに、大きな問題はないだろう。
「川崎はこれだけパスを突き詰めているんだ、と思いました。サブ組も同じことができるし」
齋藤は明るい表情で語っている。その存在がどのような触媒になるか。連戦のJ王者は、4月11日には本拠地にカップ戦王者のセレッソ大阪を迎える。