それは、多くのテニスファンが望んでいた世代交代の形ではないかもしれない。それでも、時代が移ろいつつあることは、誰の目にも明らかになってきた。台頭する若手選手の筆頭が20歳のアレクサンダー・ズベレフだ 過去8年間にわたり、年に9回開催さ…

 それは、多くのテニスファンが望んでいた世代交代の形ではないかもしれない。それでも、時代が移ろいつつあることは、誰の目にも明らかになってきた。



台頭する若手選手の筆頭が20歳のアレクサンダー・ズベレフだ

 過去8年間にわたり、年に9回開催されてきたATPマスターズ1000大会は、ロジャー・フェデラー(スイス)、ラファエル・ナダル(スペイン)、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)、そしてアンディ・マリー(イギリス)の「ビッグ4」の独占市場だった。

 その様相に、大きな変化が表れ出したのが昨年のこと。フェデラーが3大会、ナダルが2大会で優勝してあいかわらずの支配力を示したが、ジョコビッチやマリーがケガに苦しむなかで残る4大会を制したのは、いずれもマスターズ初優勝の新顔たち。特に20歳のアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)によるローマとカナダの2大会制覇は、新たな時代の幕開けを多くの人々に予感させた。

 今年3月にインディアンウェルズとマイアミで開催された北米マスターズ2大会でも、ナダルとマリーは欠場し、ひじの術後間もないジョコビッチは参戦こそしたが、万全には程遠い状態だった。それら混沌とした大会を最終的に制したのは、29歳のフアン・マルティン・デル・ポトロ(アルゼンチン)と32歳のジョン・イスナー(アメリカ)という、年齢的にはベテランの域の選手たち。

 それでも、マイアミ準優勝のズベレフを筆頭に、2大会連続でベスト8入りした21歳のチョン・ヒョン(韓国)、インディアンウェルズ・ベスト4の21歳のボルナ・チョリッチ(クロアチア)、そしてそのチョリッチとマイアミで大熱戦を演じた18歳のデニス・シャポバロフ(カナダ)ら、若い力が上位に名を連ねたのも事実だ。

 これは、22歳以下の選手を「Next Gen(新世代)」と銘打ち、次代のスター発掘キャンペーンを展開してきたATP(男子プロテニス協会)のプロモーションの成果だとも言えるだろう。2年前まで「Next Gen」の一員だった西岡良仁も、「Next Genの一員として大きく取り上げてもらえたのは、すごくモチベーションになった」と、その影響を口にしていた。

 インディアンウェルズ優勝者のデル・ポトロは、「新世代の台頭によりテニスの性質は変わったか?」と問われたとき、「ものすごく変わった」と即答した。「彼らはすさまじいスピードのサーブを打ち、僕よりも強烈にボールを打ち抜く」と、29歳のマスターズ新王者は苦笑いをこぼす。

 果たして彼らのショットが、錦織圭が「世界一」と絶賛するデル・ポトロのフォアより強烈かどうかはわからない。だが、その強打自慢が目を剥くほどに、若手たちがより高いフィジカルとパワーを男子テニス界に持ち込んだのは間違いないだろう。

 さらに、彼らニューウェーブに共通して見られる、もうひとつの特徴がある。それは、彼らの多くが元選手やテニスコーチを親に持ち、幼少期からそれこそフォークを扱うようにテニスラケットを操ってきたことだ。

 すぐに思いつくところで名を挙げても、ズベレフ、シャポバロフ、テイラー・フリッツ(アメリカ/20歳)、アンドレイ・ルブレフ(ロシア/20歳)、そしてステファノス・チチパス(ギリシャ/19歳)は親が元テニス選手。また興味深いのは、ズベレフにシャポバロフ、ルブレフ、チチパスらは、いずれも母親が旧ソビエトの選手だったという点だ。

 これら旧ソ連にルーツを持つ若手の台頭は、昨夏ごろからテニス界でしばしば交わされてきた議題である。当の選手たちは「何か理由はあると思う?」と問われるたびに困ったように首をかしげてきたが、彼らの言葉を紡(つむ)いでいくと、そこにはひとつの答えがおぼろげながら浮かび上がってくる。

 たとえばズベレフとシャポバロフの母親は、いずれも1980年代のトップジュニアで、対戦経験もある間柄。旧ソ連圏の女子選手がテニス界を席巻するのは2000年代に入ってからだが、その礎(いしずえ)となるプログラムは、すでに1980年代から築かれていたのだろう。5歳から母親の手ほどきを受けてきたシャポバロフは、母親の教育メソッドを「昔ながらの”ソビエトユニオン式ドリル”」と形容する。

「母のレッスンはものすごく厳格だった。基礎を大切にし、反復練習を何度も行なう。1分たりとも時間を無駄にすることを嫌い、『練習の1球目から集中するように』と母から言われてきた」

 そのような練習法は「母親自身がソ連で教わってきたことだと思う」と、シャポバロフはあどけなさの残る笑顔で言った。

 両親をコーチに持つズベレフも幼少期、主に指導を受けたのは母親だったという。弱点の少ないプレースタイルのズベレフは、その高い技術は「母親譲り」だと明かした。

「僕の技術レベルはけっこう高いと思うけれど、それは母親が若いころに基礎を叩き込んでくれたから。特に僕のバックハンドは100%、母親の作品なんだ」

 その母親は「サーシャ(ズベレフのファーストネーム「アレクサンダー」のニックネーム)に教えるのは簡単なことではなかったわ」とこぼしたが、家族がどんなに仕事や試合で疲れていても、幼いサーシャは母や兄に「テニスをやろう」とせがんだという。テニス一家に育ちながら、決して周囲から強制されたとは感じずに「テニスが大好き!」と屈託なく話すのも、彼らに共通する特徴だ。

 アレクサンダーの兄のミーシャ・ズベレフは、10歳年少の弟たちを「自然体な新人類」だと表した。物心がついたときからテニスを日常の一部として育ち、水を飲むようにボールを追ってきた彼ら新人類は、テニス関係者たちが”一大事”として捉える世代交代をも、おそらくはごく自然体で成し遂げていくのだろう。