開幕前テストが終わり、ファンの間では早くも「今年もメルセデスAMGの圧勝で決まり」「トロロッソ・ホンダは入賞圏を争える」といった新シーズンの予想で持ちきりになっている。しかし、はたして本当にそうなのだろうか?ホンダのロゴが入ったトロロ…

 開幕前テストが終わり、ファンの間では早くも「今年もメルセデスAMGの圧勝で決まり」「トロロッソ・ホンダは入賞圏を争える」といった新シーズンの予想で持ちきりになっている。しかし、はたして本当にそうなのだろうか?



ホンダのロゴが入ったトロロッソの新型マシン

 テストのタイムほど、当てにならないものはない。パドックでは常套句(じょうとうく)のように、ドライバーや関係者の誰もがそう言う。

 たしかに、毎日発表されるタイムシートを見比べることにあまり意味はない。どのチームもさまざまなテスト項目をこなすなかで自己ベストタイムを記録しており、それぞれの条件が違うからだ。

 予選アタックモードで記録したタイムだったとしても、実力を隠すために余計な燃料を積んで走っていたり、逆にスポンサーへのアピールのためにバラスト(重り)を降ろして最低重量以下の状態で走っていたりということもある。10kgで0.3~0.35秒もラップタイムが変わってしまうことを考えれば、いかようにも”粉飾”は可能なのだ。

 単純に合同テスト2回目の最速タイムだけを見ると、全21人中の最速はフェラーリのセバスチャン・ベッテルで1分17秒182だった。

 しかし、これはハイパーソフトタイヤで記録したタイムであり、6番手につけたハースのケビン・マグヌッセンはスーパーソフトで1分18秒360。両タイヤには1.3~1.4秒のタイム差があるから、実質的にはハースのほうがフェラーリよりも速かったことになる。だが、同じハースのロマン・グロージャンはそれよりも0.6秒速いはずのウルトラソフトで1分18秒412にとどまっており、どちらが真の実力なのかを推し量るのは難しい。

 一方でメルセデスAMGはハイパーソフトで本格的なタイムアタックを行なうことなく、レースを想定したロングランばかりでテスト日程を終えている。また、ウイリアムズに至ってはソフトタイヤでしかタイムを出していない。

 各チームの自己ベストタイムにタイヤの差を相殺すると、以下のような順位になる。

1位 ハース
2位 フェラーリ
3位 ウイリアムズ
4位 メルセデスAMG
5位 マクラーレン
6位 レッドブル
7位 ルノー
8位 トロロッソ
9位 フォースインディア
10位 ザウバー

 ただ、これがいかようにも粉飾できるものであることは前述のとおりだ。実際のところ、トップチームはシーズン中のFP-3(練習走行)での習慣と同様に、タイムアタック時に30kgから50kgの燃料を搭載しているという見方もある。

 そんななかで「真の勢力図」を読み解く一助となるのが、各チームが行なうレースシミュレーションのペースだ。これは、バルセロナで言えばスペインGP決勝と同じ66周をぶっ通しで走るもので、燃料はフルタンクで走らなければならないために”粉飾”が難しく、ほぼ実力どおりのラップタイムが並ぶことになる。

 メルセデスAMGとレッドブルはミディアムで3スティント、フェラーリは予選シミュレーションで使用した中古のスーパーソフトでスタートしてミディアムで2スティント、という展開でレースシミュレーションを行なっている。

 このタイムを比較すると、3チームのタイム推移はほぼ同じだが、メルセデスAMGがわずかに速い。第1スティントのタイヤの差を考えれば、メルセデスAMGの速さは明らかだった。また、最終スティントでは他を圧倒するペースで走っているが、これは他チームが燃費セーブを強いられたことと、タイヤ戦略(最終スティントの長さ)の違いも影響しているだろう。なお、メルセデスAMGがスーパーソフトの第1スティントをシミュレーションしたと思われるランのペースは、当然ながら他の2チームを大きく圧倒している。

「ライバルはメルセデスAMGとレッドブルということになるだろうけど、彼らはレースシミュレーションでひとつのタイヤ(ミディアム)だけを使って走り続けていたよね。でも、グランプリ本番ではそんなことはできないんだ。この違いは、レース戦略面にも結果(ラップタイム)にも大きな影響があると思う」

 ベッテルはそう言うが、メルセデスAMGの優位を切り崩すのは簡単ではなさそうだ。

 メルセデスAMGは昨年、時折タイヤの扱いに苦労することがあったが、タイヤ温度がうまくコントロールできなくなる「ディーバ気質」と呼ばれるマシンの気ままな傾向は、今季型ではしっかりと払拭できたようだ。ルイス・ハミルトンはこう語る。

「現時点では、そういう”気質”はまったく感じられないよ。僕に言えるのは、このクルマは去年型からの正常進化型マシンだということだけだ。去年のクルマもすばらしいマシンだったけど、今年はあらゆる面がさらによくなっている。まだセットアップ作業もしていないからマシンバランスが完璧な状態ではないけど、クルマが速くなっていることは確かだ。エンジニアからは『マシンは約1秒速くなっている』と聞いているよ」

 レッドブルはパワーユニットの差もあり、まだトップを掴み取るほどの速さはなさそうだ。しかし、2強との差がかなり縮まっていることは間違いない。ダニエル・リカルドはこう語る。

「まだ少しタイムを縮める必要がある。改善しなければならない点もある。でも、十分トップ争いができるくらい上位との差を縮めることはできたと思う。間違いなく去年の開幕前よりもいいフィーリングだ」

 メルセデスAMGがやや優位に立っている感はあるが、加入2年目のバルテリ・ボッタスも今年はさらに速さを増してハミルトンの追い落としを狙っている。今季レッドブルが争いに加わることで、3強のバトルはさらに激しいものになりそうだ。

 一方で中団グループの争いは、さらに熾烈なものになっている。

 一発タイムではフェラーリを上回る実質的速さを見せたハースだが、実力が反映されるレースシミュレーションでは、やはり3強には及ばない。しかし、中団グループのトップに躍り出ていることは事実で、スティントによっては3強に匹敵する速さを見せている箇所もあるほどだ。常に表彰台に絡むほどの速さではないにせよ、間違いなく3強に次ぐポジションを争う「台風の目」になることは間違いない。

 フォースインディアは一発タイムでは奮わなかったが、レースシミュレーションでは昨年と同じように安定した速さを見せてハースに次ぐ位置にいる。資金難からパーツ製造が遅れ、まだ昨年型の空力パッケージをまとっている段階にもかかわらず、これだけの速さがあるということは、空力パッケージがアップデートされる開幕戦やスペインGPにはハースを上回るくらいの進化を見せてくるかもしれない。

 ルノーもフォースインディアと同等の速さを見せており、中団のトップを狙うという彼らの狙いは着実に果たされようとしているのがわかる。ルノーは信頼性重視のためにパワーユニットの出力をまだ昨年最終戦レベルに抑えて走行しているとみられ、この出力アップのめどが立てばさらなる進歩を見せてきそうだ。

 その次に続くのが、注目を集めているマクラーレンとトロロッソ・ホンダだろう。ハイパーソフトでアタックを繰り返して上位タイムを刻んだマクラーレンだが、レーストリムでの実力はそれほど高くはなく、中団グループの上位争いになんとかついていっているところだ。ただし、リアカウルを現場で急に開口しなければならないような冷却システムの不備もあり、今回のテストでは実力を発揮しきれなかったことを考えれば、まだまだ伸びしろはあるとも言える。

 そしてトロロッソ・ホンダは、ラップタイム的にはマクラーレンをやや下回り、それよりも下位には新人ふたりのウイリアムズと昨年最下位のザウバーしかいない。

「ハースやルノー、マクラーレンはとても強敵だし、トップ3チーム以下の残りのポイント圏内4席の争いは熾烈だけど、彼らとは戦える位置にいると思うし、僕らが中団グループのバトルのなかにいることは間違いない。まずはメルボルンでポイントを獲ること、それが僕たちのゴールだよ」

 ブレンドン・ハートレイがそう語るように、ドライバーたちはテストでの走りに手応えを掴んだようだ。

 スーパーソフト、ソフト、ミディアムと、2ストップでつないだ各スティントの走り始めのペースはルノーやマクラーレンと同等かそれ以上だが、タイヤのデグラデーション(性能低下)が大きく、スティントの後半に燃料が減った分だけペースが上がっていかないのがトロロッソの特徴だ。つまり、タイヤをうまく使えていない。そこがトロロッソ浮上のカギになりそうだと、ピエール・ガスリーも語っている。

「ソフトはミディアムに比べてグレイニング(※)やブリスター(※)がかなり出るから、最適なマシンバランスを失いやすいし、それはスーパーソフトにも言える。それが舗装のせいなのか、路面温度のせいなのかはまだわからないし、そこはこれからデータを分析しなければならないけどね。間違いなく、そのタイヤの扱いがメルボルンのカギになるだろうね」

※グレイニング=タイヤ表面のゴムがささくれてサメ肌のような状態になること。
※ブリスター=タイヤの温度が上昇し、タイヤ表面が膨れ上がったり気泡ができること。

 その成否によっては、入賞圏ギリギリを争うポジションまで浮上してくることも可能だろう。

 加えて、最終スティントのミディアムでもペースが伸びていなかったが、これは最後に燃費セーブをしなければならなかったせいだと考えられる。

 ホンダもルノーと同様に、まだ出力は昨年最終戦レベルに抑え、信頼性を優先している。燃料流量が決められている現行パワーユニットでは「出力の大きさ=燃費のよさ」だから、ホンダがライバルよりも燃費が苦しいのは当然のことだ。こちらも開幕までにいかにデータを突き詰めて使い方を熟成させられるか、そしてシーズン中のアップデートでいかに出力と燃費を向上させられるかがカギとなるだろう。

 大まかにいうと、これが現状の2018年F1の勢力図だ。

 しかしこれは、あくまでバルセロナ合同テスト2回目時点での勢力図に過ぎない。1回目が悪天候で本格的な走行ができなかったために、各チームともテストの進捗は遅れた。そのため、これから開幕に向けての1週間でデータの分析を進め、マシンのセットアップやタイヤマネージメントなどあらゆる部分の煮詰め作業を行ない、さらにギリギリまで開発・製造したアップデートパーツを持ち込む。

 開幕直前の追い込みで力を伸ばすチームもあれば、そうでないところもある。まだまだ勝負がついたわけではない。戦いの火ぶたが切られるのは、3月23日からのメルボルンなのだ。