蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.12 2017-2018シーズンの後半戦、各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。 サッカ…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.12

 2017-2018シーズンの後半戦、各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎──。

 今回のテーマは、チャンピオンズリーグ(CL)、決勝トーナメントの注目カード、チェルシー対バルセロナのセカンドレグ。コンテ監督はどのような布陣を選ぶのか? メッシのコンディションは? 先発とフォーメーションはどうなるのか? 欧州サッカーを知り尽くす3人が語り合いました。連載記事一覧はこちら>>



ゴールを量産するメッシは次のチェルシー戦でも得点なるか

――続いて、1-1で終わったチェルシー対バルセロナの第1戦のレビューと第2戦(3月15日)のプレビューをしていただきたいと思います。チェルシーはホームのスタンフォード・ブリッジで惜しくも勝利を逃すことになりましたが、お三方はこのゲームにどんな印象を持ちましたか?

小澤 前回の座談会でこのカードをプレビューした時、僕はチェルシーが前掛かりにいけるところはいくだろうと予想しましたが、蓋を開けてみたらエデン・アザールを1トップにした実質5-4-1で粘り強くスペースを消してロングカウンターを狙うという意外なやり方でした。

 なぜ意外かというと、国内のラ・リーガにおいては今やバルサ相手にハイプレスなしの超守備戦術で挑むチームがないように、最初から自陣ゴール前にバスを置く守備戦術でバルサに挑んでも相手にはメッシがいるので90分間守りきるのは至難の業だからです。並のチームであればあれだけライン設定が低く、前線に1枚しか残っていなければカウンターが成立しないのですが、そこはさすがチェルシーでした。

 実際、チェルシーはウィリアンのシュートが2度ポストに当たるなど、もっとゴールが決まっていてもおかしくはありませんでした。バルサは、よく1失点だけで済んだというところでしょう。結果的に5−4−1での堅守速攻狙いが功を奏していましたし、アントニオ・コンテ監督が戦術的にバルサをうまくはめた試合だったと思います。

倉敷 セレソンとしてロシアワールドカップへ本登録されたウィリアンはモチベーションの高さを見せるように大活躍、ジョルディ・アルバの攻撃力まで消していましたね。ウィリアンがバルサに脅威を与え続けられた要因を小澤さんはどう分析しますか?

小澤 倉敷さんのおっしゃる通りモチベーションを含めたコンディションの良さは感じました。カウンター時に前に出ていくスピード、守備でハードワークできる運動量、そして何よりカットインドリブルからのパンチ力あるシュートはバルサにとって脅威でした。改めてウィリアンが再評価されたゲームになったのではないでしょうか。

倉敷 なるほど。ただウィリアンの存在こそ光っていましたが、アドバンテージを獲得すべきホームゲームでもチェルシーはそれほど得点を優先した戦術は取りませんでした。準備時間のなかったコンテは第1戦のプライオリティをどこに置いたのか。中山さんはどう見ていますか? 

中山 現在のチーム状況が大きく影響したのだと思います。前回の座談会でも触れましたが、ここにきてチェルシーは急激に調子を落としていて、コンテ自身の去就問題も囁かれています。そんな中、ホームとはいえ、バルサ相手に攻めたくても攻められる状況になかった、というのが実際のところではないでしょうか。

 コンテとしては、第1戦は勝ち点1でもいいので、アウェーゴールを与えずに手堅く戦うことを選択したと思います。それが先ほど小澤さんがおっしゃったロングカウンターをメインにした戦術になったのでしょう。ボールを奪ったらまずアザールに預けて、アザールが相手を2、3人引きつけてスペースを作って、そこをウィリアンが使うという、シンプルかつ実に効果的なやり方だったと思います。

倉敷 直後に行なわれたプレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド戦(2月25日)でも、攻撃はアザールとウィリアンのパス&ドリブルに期待するという戦い方をしていましたね。気迫も感じられたし、連戦をものともしない高いポゼッション率も好意的に感じたゲームでした。

 ただ、プラン通りにこのコンビでウィリアンが鮮やかに先制点を奪ったものの、後半には運動量も落ちて追加点は奪えず、逆転負けを喫しました。最後はアルバロ・モラタに惜しいシーンもありましたが、このやり方の成功率は50%という賭けですね。

中山 そこは紙一重ですよね。ただバルサ戦に関しては、コンテとしてはほぼパーフェクトな試合をできたと捉えているのではないでしょうか。それだけに失点につながったアンドレアス・クリステンセンのミスはショックだったとは思います。むしろ僕は、たった一度の相手のミスを逃さなかったアンドレス・イニエスタとリオネル・メッシの2人に感服させられました。なかなかチャンスが作れないなか、あのワンチャンスを確実に仕留めるあたり、あらためて別格の選手だと感じました。

小澤 バルサにとって、あの1点は大きかったですね。バルサはコンテの戦術の前にほとんど攻撃が封じられたなか、1-1でカンプノウに戻れるわけですから、そういう意味では勝ち点1で御の字という試合だったと思います。

 ただ、両チームの監督同士の戦術的な仕掛け合い、駆け引きという点では、第1戦はコンテが上回っていたと思います。バルサとしても、5バックと中盤4枚であれだけスペースを消されてしまうと、普段であれば効果のあるパス循環やサイドチェンジを実行してもチェルシーの素早いスライドとアプローチで数的有利な状況を作り出すことができていませんでした。結局、イニエスタとメッシが個の能力で打開するか、2人の関係性で崩す以外に方法はありませんでした。

倉敷 バルサのエルネスト・バルベルデ監督はパウリーニョを右のアウトサイドに配置したのですがうまくいきませんでした。システムの問題か、能力や適応力の問題か、小澤さんはこの選択をどう見ましたか?

小澤 この試合では、序盤からアザールが左に流れ、ウィリアンが右に出ていくカウンターや大きなサイドチェンジを仕掛けたこともあって、バルサの両サイドバックのジョルディ・アルバとセルジ・ロベルトが高い位置をとり難くなっていました。当然、敵地での第1戦ということもあってバルベルデ監督から上がりすぎないよう指示を受けていた可能性もあります。

 今季のバルサの4−4−2では基本サイドバックが攻撃の幅と深さの両方を取りにいく役割を担っています。右サイドハーフにウスマン・デンベレやアレイクス・ビダルが起用されれば、セルジ・ロベルトはインナーラップを仕掛ける連係も見せますが、パウリーニョはボールを受けた後にドリブルで突破を図るタイプの選手ではないですし、イニエスタのようにスペースがない中でもボールを引き出せるポジショニングで前を向く技術はないので、彼が消えてしまったのはある意味で仕方のないことでした。

 それと、これはスペインのメディアでも言われていますが、パウリーニョは昨夏にシーズン中の中国スーパーリーグから移籍してきたため、夏のオフがなかったことで最近はコンディションが低下しているように見えます。それも影響しているでしょうね。

倉敷 バルベルデが気にしていたバルサの右サイド。ウィリアンには決定機が3回ありましたがひとつ目のチャンスはパウリーニョのミスから、ふたつ目はセルジ・ロベルトのところから始まっています。ともに右サイド。いつもならハーフタイムにズバリと修正するバルベルデですが、ウィリアンのサイドを抑えきれていないと気付いていながらこの試合ではあまり動きませんでしたね。

小澤 国内とは相手のレベルが違いましたから、本当の意味でバルサの監督としての力量が問われる大舞台、大一番で彼の本性というか采配の傾向が見えました。序盤から硬直した試合展開でありながら、両サイドバックのポジションを上げるような攻撃的なテコ入れはせず、カウンターのケアをしながら外循環のボールポゼッションをさせ、イニエスタ、メッシの創造性、個の力に頼る保守的な面があることが確認できました。

中山 同感ですね。もちろんバルサのベンチメンバーを見てもそれほど選択肢がないとは思いますし、ベンチで唯一、個の力で打開できるデンベレはまだチームにフィットしていません。でも、バルベルデは失点直後にパウリーニョを下げてビダルを入れ、終了間際にアンドレ・ゴメスを使ったのみ。交代枠をひとつ残したまま試合を終えました。

 この采配から見えるのは、自らリスクを負って勝ちにいくという選択は考えなかったということだと思います。幸い相手のミスで1-1になりましたが、もしかしたらメッシのゴールがなかったとしても、バルベルデはリスクを負うような采配は見せなかったのではないでしょうか。手堅い監督だとは思っていたので驚きはしませんでしたが、結局、チェルシーの守備を打開する解決策を見出せないまま、第2戦を迎えるという点については少しだけ気になります。

倉敷 過去の対戦と同様に今回も僅差の2試合になりそうです。第2戦はカンプノウですからバルサは誰もがよく知っている戦い方をするでしょうが、チェルシーはどうでしょう。同じやり方でも悪くなさそうですが、中山さん、いかがですか?

中山 基本的には第1戦と同じような戦い方をして、何とか0-1で勝つためのプランで臨むのがベストでしょう。逆に言うと、実質的にそれしか方法はないと思いますね。そんななかでカギを握るのは、アザールです。カウンターのキーマンでもありますし、やはりアザールが輝いている時こそ、このチームは最大限の力が発揮できるのだと思います。

 それに、このバルサ戦は彼のキャリアにおいても大きな意味を持っていると思います。アザールはリール時代も含めるとチャンピオンズリーグは今回で6度目の挑戦になりますが、過去にマドリーやバルサと対戦したことはありませんでした。おそらく彼が今後ステップアップするための移籍先としてはこの両クラブしかないでしょうから、ここで大きなインパクトを残せるかどうかはとても重要ですし、そのまま自分の価値に直結することになるでしょう。本人のモチベーションも高いでしょうし、カンプノウでのアザールのパフォーマンスはいろいろな意味で注目に値すると思います。

倉敷 第1戦ではアザールが1トップで、2列目にウィリアンとペドロでしたが、アザールをより活かすアイデアは他にありますか?

中山 そのままの方がいいと思います。マンチェスター・シティ戦(3月4日)のように孤立する時間は多くなると思いますが、そこは耐えるしかないでしょう。少なくともモラタかオリヴィエ・ジルーが1トップに入ったり、アザールと2トップを組んだりすると、中盤の選手の守備の負担が増してしまいます。

 それに、アザールが前線にいるだけで相手DFの脅威になりますし、彼が2人、3人と引きつけることがカウンターアタックのカギになっていますから、そこはコンテも変更しないのではないかと予想しています。

小澤 僕も、モラタやジルーを入れて3-5-2にするイメージはわきません。結局、アザールが2列目や1.5列目に入った時は、彼の守備面での穴をバルサに突かれて押し込まれると思うので、アザールを1トップに置かざるを得ないと思います。

 その他では、もしかしたらペドロをも他の選手に変更する可能性はあると思います。たとえばダニー・ドリンクウォーターを入れて中盤を3枚にする方法も考えられます。いずれにしても、基本的には第1戦の流れをくんだ戦い方になるでしょうね。

倉敷 バルベルデが大きな変化をつけてくる可能性は低いと思っていますが、第1戦ではチェルシーの5-4-1にかなり苦しみました。今度の試合も拮抗する可能性が高そうですから、できれば何かプラスアルファが欲しい。とはいえ、それほどオプションはありませんね。

小澤 ええ、選択肢は少ないですね。たとえばデンベレが先発したからといって、彼はメッシではありませんし、まだコンディションも万全ではないので1人で2人、3人をドリブルではがす、突破するような局面打開を期待できません。また、いくら広いピッチのカンプノウでしっかり水をまいてボールが走る環境を作ったとしても、5-4-1で守りにきた時のチェルシーは簡単に守備ブロックが崩れません。

中山 チェルシーとしてはロースコアの試合に持ち込みたいでしょうし、実際、第1戦の流れでいくとその可能性は高いでしょうね。

小澤 ただ、早い時間帯にバルサが先制したら、意外と一方的なゲームになる可能性もありますよね。先制されたら、さすがにチェルシーも前がかりに出てくるでしょうし。

倉敷 チェルシーが戦った今シーズンのビッグマッチは、ほとんどがロースコアの結果です。戦術に驚きはなくとも、コンテはモチベーターとしてハイテンションの選手をピッチに送り込んで競ったゲームに持ち込むでしょう。バルサ有利とは思いますが、圧倒的に有利とも思わない。こじれた時に監督力が見られるかもしれません。

中山 バルサにはルイス・スアレスもいますからね。ディフェンスを崩せなくても、彼ならゴール前の嗅覚だけでゴールできるという強みもあります。どこかでチェルシーもゴールを奪いに出ていかないといけない時がくるわけで、チェルシーにとっては厳しい試合になることは間違いないでしょうね。

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