世界的に名将の誉れ高いセサル・ルイス・メノッティ(アルゼンチン)は、優れた監督の条件についてこう語っている。「成績など、それほど重要ではない。チームを戦わせるなか、選手をボールプレーヤーとして成長させ、進化させる。それがいい監督だ」 …
世界的に名将の誉れ高いセサル・ルイス・メノッティ(アルゼンチン)は、優れた監督の条件についてこう語っている。
「成績など、それほど重要ではない。チームを戦わせるなか、選手をボールプレーヤーとして成長させ、進化させる。それがいい監督だ」
この点で、風間八宏監督という人は、日本サッカー界で他の追随を許さない。先鋭的なボールゲーム論理をトレーニングに落とし込み、ゲームで実践し、選手を覚醒させている。
2016年まで5シーズン近く率いた川崎フロンターレでは、全国的に無名に近かった小林悠、大島僚太が目を見張る成熟を見せ、Jリーグを代表する選手になった。大久保嘉人は3年連続で得点王に輝き、中村憲剛はJリーグMVPなどキャリアの頂点に立っている。さらに車屋紳太郎、谷口彰悟という選手が躍動。三好康児、板倉滉ら、抜擢した若手も今や急成長を遂げつつある。
そして2017年から、風間監督は名古屋グランパスのサッカーを劇的に変革させている。
名古屋グランパスの攻撃の中心に成長にした青木亮太
3月11日、Shonan BMW スタジアム平塚、J1第3節。名古屋は湘南ベルマーレの本拠地に乗り込んでいる。昨シーズンはともにJ2だった昇格組対決になったが、両チームとも練度の高さが光った。高いラインを保ち、密集した状態で、じりじりとした時間が続いた。
「名古屋がFWジョーにボールを当ててくるというのは想定していた」(湘南・DFアンドレ・バイア)
湘南は労を惜しまぬ守備から入り、名古屋の攻撃を封じている。ジョーは体が重そうで、湘南の組織立ったディフェンスは堅牢だった。安定した守備を軸に、後ろから積極的につなぐ、という勇敢さも見せていた。
「湘南は縦に速いカウンターのイメージがあるようですが、それだけでは(高いレベルでは)限界がある。後ろから(相手のプレスを)外せないと。ボールを持ち出し、ワンタッチでつける。そこで勇気を持てないとGKに返すしかない」(湘南・曺貴裁監督)
曺監督は選手をオールアウト(力を出し尽くす)させ、戦いの中で使える技術や戦術を高める手腕に長けた監督だろう。献身性が際立つチームを作り上げた。
一方、名古屋は異なるコンセプトで作られていた。選手全員が「ボールありき」で動き、ポジションを取る。ボールを握り、運ぶ、その技術の鍛錬は見事だ。
例えば17歳のセンターバック、菅原由勢(ゆきなり)は、フィードでタイミングを変えて縦パスを入れる。インサイドキックひとつとっても球筋が違い、判断と技術レベルは白眉だ。高いラインで守るなど、攻撃的コンセプトによって守備を機能させていた。
「自分たちが練習で作り上げてきた攻撃の成果が出たと思う」(名古屋・FWガブリエル・シャビエル)
前半から、名古屋は湘南陣営でボールを奪い返すことが多かった。攻撃でいいポジションを取ることを徹底することで、必然的に守備も機能する。攻撃は最大の防御なり、だ。
「チームとしては、ボールを持って全体で動けていました。パスの短い長いにはこだわっていません。大事なのは、相手の逆をとれるか。プレーは速くなっているし、後ろや横へのパスは少なくなっている」(名古屋・風間監督)
後半も、名古屋は堂々とボールゲームを貫いた。特筆すべきは、ポゼッション重視のチームにありがちな「ボールをつなぐことに終始する」という落とし穴に、はまっていない点だろう。
名古屋のサイドには相手守備を叩き壊す装置があった。「逆脚」(右利きは左サイド、左利きは右サイド)のサイドアタッカーを配置。インサイドハーフ、サイドバックとも連係し、幅を使って揺さぶる。相手がラインを下げたらその前を横切り、カオスを起こした。
左サイドアタッカーに入った22歳、青木亮太はセンスが光った。「止まる」動きを身につけ、緩急で相手を外すことができる。マーカーを外した後、精度の高いシュートを持っていることで、敵にストレスを与えられる。そうやって相手を引きつけると、わらわらと和泉竜司、秋山陽介らが湧いて出る。青木は攻撃の渦の中心にいた。
「(相手どうこうよりも)我々は我々の距離でやるだけ。相手のどこを狙うか。そういう判断も上げていく。中盤や背後に、まだまだチャンスがあった」(名古屋・風間監督)
最大の好機は77分だろう。名古屋は後方から細かいパスを何本もつなぎ、相手をずらしながら、ボールを運ぶ。そして右サイドから中に入ったシャビエルが、左足で中央のジョーに縦パスを入れ、リターンを受けた後、ワンツーで中をたわませ、フリーになった青木へ。青木のダイレクトシュートは惜しくもポスト右外に逸れた。
結局、11本のシュートを放った名古屋は1点も決めることができなかった。湘南の健闘があったし、シュート精度の低さもあった。しかし、風間イズムは存分に示した。
「(シュートが)入らないなぁ、という試合だった。でも、大事なのはチャンスを構築しているということ」
風間監督はスコアレスドローで終わった試合の後に明かしたが、青木、菅原、秋山のような新鋭は、その世界観の中で殻を破りつつある。
「名将は選手を成長させる」
メノッティの言葉である。