バルセロナにて行なわれた2018年開幕前テスト1回目の4日間で、トロロッソ・ホンダがついに動き出した。全10チーム中最多となる324周を走破し、ホンダはトラブルが多発した昨年のイメージを完全に払拭してパドックを驚かせた。バルセロナでの…

 バルセロナにて行なわれた2018年開幕前テスト1回目の4日間で、トロロッソ・ホンダがついに動き出した。全10チーム中最多となる324周を走破し、ホンダはトラブルが多発した昨年のイメージを完全に払拭してパドックを驚かせた。



バルセロナでのテストでついに始動したトロロッソ・ホンダ

 ホンダの何が変わったのか?

 今季から現場運営統括とHRD Sakuraとの連携を担う田辺豊治テクニカルディレクターに問うと、急に何かが変わったわけではない、という答えが返ってきた。

「昨年の開幕前テストとの直接比較はできないと思います。比較するならば、昨年の最終戦との比較ではないでしょうか。昨年の開幕前テストからいきなりここに飛び移ったわけではなく、1年間いろいろありながら学習し、アップデートし、信頼性も出力もコツコツと積み上げてきて今日に至っているわけですから。

 人間は代わりましたけど、ハードウェアは(大きくは)変わっていません。パワーユニット自体は昨年型の延長線上にあるものですし、昨年の最終戦から継続してきているのは間違いありません」

 たしかに昨シーズン終盤には全体的に信頼性を向上させ、出力面でもルノーと大きな差がないところまで追いついてきていた。そこに懸案だったMGU-H(※)など一部の設計を見直したことで、ようやくこのレベルに達したということだ。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 最初の4日間で細かな不具合はありながらも、ベンチテストではなく実走距離を伸ばすことでしかわからないディテールの調整は進められた。それは、設計の根幹に関わるようなトラブルがなかったからこそ、できたことでもある。

「ここが擦れている、ここが当たってる、ここが外れちゃったといったような細かなマイナートラブルはちょこちょこと出ています。ただ、新しいクルマと新しいパワーユニットの組み合わせですので、そういう細かな問題点を洗い出すことが、このテストでこれだけ走り込んでいる目的でもあります。信頼性の面において、そういった細かな部分も熟成していけていると言えます」

 これだけの周回数を走り込むことができたもうひとつの理由は、STR13の車体側の信頼性も高かったからだ。テストの途中、フロアにクラックが入って補修を行なう場面もあったが、これは縁石にヒットした際に生じたもので、細かな不具合はあってもパワーユニット同様にマイナーな初期トラブルに過ぎない。それ以外はテスト前のシェイクダウンからずっとノートラブルで、極めてスムーズな走行を続けた。

 昨年までのトロロッソは、決してトラブルの少ないチームではなかった。だが今年、これだけ高い信頼性を確立した状態で開幕前テストに臨むことができたのは、ホンダのワークスチームとしてパワーユニット側と密に連携をとったマシン開発を進めてこられたからだと、テクニカルディレクターのジェームス・キーは語る。

「設計面、ギアボックスのダイナモやR&Dテストリグのオペレーション、車体とパワーユニット間のコントロールシステム構築など、さまざまな面で我々が今までに経験したことのないサポートを受けることができた。11月には車体とパワーユニットの制御システムの作業が始まり、12月にはパワーユニットとギアボックスをつないで日本とミルトンキーンズでダイナモテストや冷却システムのテストも始まった。

 そういったことは、これまでカスタマーチームの立場ではできなかったことだ。これまでになく、しっかりと準備を整えた形で開幕前テストを迎えられたのは、その点が大きい。実際のところ、初ファイヤーアップ(新車のエンジン初始動)も予定より1日前倒しで迎えることができたしね」

 もちろん、初回テストが連日気温ひとケタ台という寒さに襲われたために、暑いコンディションでの冷却系のテストはまだできていない。最終日は15度近い気温で走行できたものの、車体とパワーユニットに強い負荷がかかる状況はこれからだ。それだけに、まだ信頼性が完璧と安心しているわけではないが、基本設計の部分に問題がなかったことは極めてポジティブな要素だろう。

 では、性能面はどうか。

 自己ベストタイムは1分21秒318でトップのメルセデスAMGから1.985秒の差があるが、寒さのせいでタイヤがまともにグリップする状況ではなく、正確な比較は難しい。加えて、トロロッソは車体側もパワーユニット側も基礎データ確認とセットアップ調整に専念したため、好タイムを出すためのタイムアタックは一切行なっていない。

「まだまだクルマを知る、パワーユニットの状況を知る、というパラメーター学習の段階です。大きめに振ってそれに対する反応を見て、『このクルマやパワーユニットはこういう特性だね』というのを掴んだうえで、一番おいしいところに絞り込んで最適化するという感じです」(田辺テクニカルディレクター)

 2日間ドライブして、ドライバー個人として最多の229周を走破したピエール・ガスリーも、まだ慎重な発言に終始している。

「今はまだいろんなことをテストしながら走っている段階だから、パフォーマンスがどうというのを判断することはできないよ。僕らはかなり燃料を積んでロングラン中心で走っているので、1周ごとのパフォーマンスには目を向けていないし、予選シミュレーションもやっていない。タイヤ温度にも苦しんでいたしね。だから、ライバルたちとの比較はまだできないよ。

 でも、クルマの初期フィーリングはいいので、現状はポジティブだよ。まだインプルーブ(改善)しなければならない点はもちろんあるけど、現時点では車体にもパワーユニットにもすごく満足している。これからデータをすべて見直して、次のテストに向けて準備する――そういうプロセスを進めているところだから、僕らはクルマを一歩ずつ前進させていかなければならないんだ。来週のテストでは、マシンもさらにいい状態になっていると思うよ」

 その一方で、昨年苦しんだリアの不安定さは改善されており、「コンシステンシー(整合性)は低速から高速まで問題ない」という。STR13の基本的な素性は悪くなさそうだ。キーはこう語る。

「現時点では、フロントのエアロは昨年型の正常進化バージョンでしかないが、マシンのリアは極めて新しい。昨年型マシンは空力面に問題があったけど、その解決作業はうまくいったよ。ただしエアロというのは、フロントとリアとマシン全体が一体となって効果を発揮するものだ。

 現時点のマシンはローンチ仕様であって、これからさまざまな新パーツが投入されていくことになる。おそらく他チームもそうだと思うけど、開幕戦オーストラリア、第2戦バーレーン、第4戦バクーと、どんどんマシンの見た目が変わっていくと思う」

 逆に言えば、パワーユニットの決定が遅れたことで開発時間が限られてしまったこともあり、STR13の空力がまだまだ熟成不足なのは、キーも認めている。他チームから移籍してきたエンジニアの目で見て、性能的に立ち遅れていると判明した部分もあったようだ。

 ただ、パワーユニットのドライバビリティについて、ガスリーは「すばらしいし、まったく文句はない」という。

「パワーユニットについて(ガスリーは)『基本的にまったく問題ないよ』ということでした。細かいところは(修正すべき点が)あるので、『ターンXXではこんな感じだったよ』というように、ウチのエンジニアとコミュニケーションを取りながらセットアップやキャリブレーションを変えて試していました。ドライバビリティも『ノープロブレム。グッド』という表現でした」(田辺テクニカルディレクター)

 パワーユニットの性能については、今はまだ信頼性の確保が最優先であり、昨年の最終戦レベルから大きく進歩しているわけではないようだ。しかし、このテストではまだフリー走行や決勝モードでの走行が中心で、予選モードでのフルアタックは行なっていない。

 最高速は333.3km/hまで伸びて4番手。逆に昨年までのパートナーであったマクラーレンが324.3km/h、316.7km/hと伸び悩んだことから、「昨年の車速の遅さは車体ドラッグ(空気抵抗)の影響だったのではないか」との見方が広がった。だが、田辺テクニカルディレクターは「何を狙ってクルマをセッティングしているかで変わってきますから、現段階ではなんとも言えません」と慎重な姿勢を崩さない。

「性能面については、車体側もパワーユニット側もまだまだ見えてきていません。自分たちのなかでは当然ターゲットを設定して開発していますが、そのあたりの詳細についてはまだ控えさせてください。まずは『一歩一歩』という表現にさせてください」

 しかし、ルノーからホンダにスイッチすることになったトロロッソとしては、そのパワー差は車体側のドラッグレベルを削ることを考慮しなければならないほどの差ではなかったと、キーは明言する。

「我々はシミュレーション上で、もっとも速く走ることができると考えられるダウンフォース量とドラッグ量のままでマシンを設計している。実際のところ、ホンダのパワーはルノーと比べてもそんなに大きく離れているわけではない。

 昨年はいろんな記事の見出しがメディアに躍ったけど、真実はまったくそんなことはなかった。昨年のマクラーレンがどのように考えていたのかは私にはわからないが、我々としては現時点で自分たちの空力フィロソフィを(レスダウンフォースに)変えなければならないということはないし、ホンダのパワーがあれほど大きく劣っているというようなことはないよ」

 フランツ・トスト代表は「目標は中団のトップを争うこと。争いは熾烈だが、ランキング5位前後が目標になる」と語る。とはいえ、車体もパワーユニットも現状では中団で、マクラーレンやルノー、フォースインディアのような強豪チームと戦うのに十分なパフォーマンスがあるとは言えない。キーが語るように、これからの開発と「一歩一歩」の歩幅が重要になってくる。

 かつてラルフ・シューマッハのマネージャーとして御殿場で1年間暮らしたトスト代表は日本企業の組織力学、日本人の文化や考え方をよく知っている。また、キーもジョーダン時代にホンダとともに働き、2002年には佐藤琢磨のレースエンジニアを務めていただけに、日本人の働き方について熟知している。

 チーム内では何度も文化研修会を開き、イタリア人を中心としたスタッフたちに日本人のメンタルを理解させ、同時にホンダに対するリスペクトの気持ちを持つように指導してきた。トロロッソのスタッフたちからは「オハヨウ」「オツカレサマ」と日本語の挨拶が飛び、ホスピタリティではオーストリア人シェフが寿司や天ぷらなどを振る舞う。チーム内は非常にいい雰囲気が漂っている。

 キーはホンダとのタッグについて、こう語る。

「我々はホンダに対し、そしてホンダも我々に対してフレキシブルな姿勢で臨み、可能な範囲で最速のパッケージを作り上げるために『ひとつのチーム』として協力してやってきた。我々に必要とされているのは、最速のパッケージを作り上げること。そのためには、車体だけが最速でもパワーユニットだけが最速でもダメで、両者が一体となって最速になるコンビネーションでなければダメなんだ。

 日本の人たちとのコミュニケーションはまったく難しいと思わないし、実際にとてもうまくいっている。日本のエンジニアたちは優れた英語を話すし、私の日本語は最悪だから非常に助かっているよ(笑)。我々はともに戦い、ともにひとつのゴールを共有している。

 そこに向けて野心を抱き、耐えるべきところは耐えながら臨んでいるよ。まだいろんなものを構築していかなければならない段階だし、最初からすべてを望むことはできないからね。しかし、我々はそこを理解し、ともに長期的な視点で臨んでいるんだ」

 互いに理解し合い、支え合い、同じ目標に向かって突き進む――。そうやってトロロッソ・ホンダは動き始めた。まだまだ耐えなければならない場面も多々あるだろうが、ホンダも過去3年間とはまったく違うアプローチで再出発を切ることができたようだ。

◇F1グリッドガール全写真一覧はこちらから>>