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蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.10

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 2017-2018シーズンの後半戦、各地で最高峰の戦いが繰り広げられる欧州各国のサッカーリーグ。この企画では、世界トップの魅力、そして観戦術を目利きたちが語り合います。

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎──。

 今回のテーマは、チャンピオンズリーグ(CL)、決勝トーナメントの注目カードである、パリ・サンジェルマン対レアル・マドリーのセカンドレグ。追い詰められたパリのウナイ・エメリ監督はどのような策を講じてくるのか? ネイマールがケガで戦列を離れた影響は? ジダン監督は布陣を変更してくるのか? 欧州サッカー通の3人が討論しました。

――前回はCL決勝トーナメント1回戦第1戦をプレビューしてもらいましたが、今回はその続編として、第1戦を詳しく振り返ったうえで第2戦を展望していただきたいと思います。まずは、3月6日に第2戦が行なわれるパリ・サンジェルマン対レアル・マドリー戦からお願いします。



第1戦で勝利して有利な立場にあるレアル・マドリーのジダン監督

倉敷 パリが先制しながらホームのマドリーが3対1で逆転勝利を収めた第1戦。前回のプレビューで僕らはパリのエメリ采配に少なからぬ疑念を抱いていたわけですが、本当にそこがポイントになってしまったような印象でした。まず先発メンバーからチェックしませんか。

中山 試合当日、チアゴ・シウバがベンチスタートになったという速報をフランスのレキップ紙の電子版が流したのですが、それを見た時に「え?」と驚きました。確かにマルキーニョスとプレスネル・キンペンベのフレッシュなセンターバックコンビはスピードもあるし、最近は安定してきているとは思います。しかし、経験がものを言うこの大一番で、まさかキャプテンをベンチに置くという選択をするとは思いませんでした。

 しかも、アンカーには21歳のジオヴァニ・ロ・チェルソを抜擢しました。故障明けのティアゴ・モッタのコンディションが万全でなかったのはわかりますが、だとしたらシーズン前半戦のようにアドリアン・ラビオをアンカーにして、マルコ・ヴェッラッティとユリアン・ドラクスラーの3人で中盤を構成するべきだったと思います。

小澤 どちらかと言えば、ロ・チェルソは国内の格下相手の試合でパスを散らす役割を担っていた選手ですしね。スペイン国内ではどの識者も「マドリー相手にロ・チェルソの起用はない。モッタが間に合わない場合は、守備で計算のできるラッサナ・ディアラかラビオをアンカー起用するだろう」と予想していました。

 確かにロ・チェルソは急成長していますが、まだ経験の浅い若手をこのビッグマッチでスタメン起用したところを見ると、エメリが自身の監督としての手腕を若手の起用で誇示したかったのではないでしょうか。

中山 それはチアゴ・シウバ問題にも表れていますよね。彼は近年のパリを支えてきた絶対的リーダーですし、ネイマール、ダニ・アウヴェス、マルキーニョスら、チームの骨格を形成するブラジル人選手の”親分”なわけです。これまでパリが味わってきたCLでの屈辱も嫌と言うほど味わっているし、今シーズンに賭ける気持ちも人一倍強かったはずです。

 その彼をベンチに座らせることの影響を考えず、ある意味で奇策とも言えるメンバー編成でマドリーに挑んだのは大失敗だったと思います。再び監督としての求心力を低下させると同時に、今後に禍根を残してしまう可能性の高い采配だったと言わざるをえません。

倉敷 控え選手の差を比較すればパリはマドリーより良かったように思えます。しかし、交代枠も残っていたのにエメリはアンヘル・ディ・マリアを最後まで使わなかった。ここは納得できない。先発のみならず選手交代でも後手を踏んだ印象です。

中山 現地メディアもロ・チェルソのスタメン起用とディ・マリアを使わなかったことを批判していて、エメリもそれを受け入れたのか、その翌週末に行なわれたマルセイユとのフランス・ダービー(2月25日)では、ラッサナ・ディアラをアンカーに、ロ・チェルソを右のインサイドハーフに入れ、センターバックはチアゴ・シウバとマルキーニョスをスタメン起用していました。マドリー戦の自分の選択が失敗だったことを認めた格好です。

倉敷 マドリーには得るところの大きな試合になりましたね。ラ・リーガでの不調が嘘のような素晴らしいパフォーマンス、ジダンの采配も久々に嵌(はま)った試合でした。79分にイスコとカゼミーロを下げて、ルーカス・バスケスとマルコ・アセンシオを同時に投入しましたが、小澤さんはこの選手交代についてはどう分析していますか?

小澤 カゼミーロを下げたことは少し驚きましたけど、交代の意図は的確だったと思います。中盤ひし形の4-4-2を採用したことで相手のサイドバックをケアする選手がいなかったため、どうしてもパリの両サイドバックのユーリ・ベルチチェとダニ・アウヴェスを自由にさせていた部分がありましたが、ルーカス・バスケスとアセンシオを入れて中盤をフラットにしたので、2人の攻撃を消して守備に奔走させることができました。

 逆に、パリは66分にカバーニを下げてトーマス・ムニエを入れてムニエがサイドバック、アウヴェスが1段ポジションを上げました。エメリとしてはマドリーの左サイドバック、マルセロの攻撃参加を警戒したダブルSBで右サイドを強化してきたのだと思いますが、ほぼ消えていたとはいえマドリーからするとカバーニが下がり、ムバッペが1トップのセンターに移動したことは逆にマドリーDF陣の守備の心配を減らし、マルセロ自身もより攻撃参加に気持ちを傾けることができる采配でした。そういう点でも、エメリ自身が自ら苦しい状況に持ち込んでしまったことは明らかで、批判されて当然でしょうね。

中山 アウェーで1-1なら良しと考えたエメリの弱腰の采配と、ホームでは絶対に勝ちたいと考えたジダンの強気の采配。この対照的な両監督のベンチワークが試合の流れを変えたと思いますし、特にジダンの選手交代のメッセージはダイレクトにピッチ上の選手に伝わったように見えました。

小澤 もちろんパリのスタッツを見ると、カバーニのパス本数がわずかに8本しかなかったので、彼を下げるという采配も一部理解はできます。しかし、本来カバーニはワンタッチゴールのフィニッシャーで、ネイマールから1本、ムバッペからのパスは0本でしたので3トップの連携、フィニッシュ局面でのコンビネーションの部分をテコ入れした方がマドリーとしては怖かったはずです。

 たとえばネイマールがカットインした時にカバーニとワンツーで崩す形などは、エメリが試合中にコーチングで意図的に現象として引き出すことは可能なわけです。カバーニの脅威が消えたことで特にマルセロは躊躇なく攻撃参加できる心理状態になりました。

中山 国内リーグではできているのに、この試合では極端にコンビネーションプレーが少なかったところを見ると、やはり個々のコンディションの問題とマドリーのパリ対策が影響したのでしょう。ただ前半を見る限り、立ち上がりこそマドリーの攻撃的な守備に面食らっていた部分はありましたけど、その後はそれほど悪くなかったし、余力を持って戦っていたと思います。

 そんななか、先制点を奪いながらロ・チェルソがPKを与えて同点に追いつかれてしまった。試合後、パリのアル・ケラフィ会長やエメリは主審のジャッジに苦言を呈していましたが、パリにとってはあの前半終了間際のワンプレーが悔やまれるところだと思います。それと、GKアルフォンス・アレオラの力不足も露呈しましたね。もっとレベルの高いGKなら、2点目と3点目は防げていたかもしれません。

倉敷 では、第2戦の展望に移りましょう。ケガ人の多さが戦術に影響を与えそうです。逆転を目指すパリですが、ネイマールがフランス・ダービーで負傷して手術を受けることになり、第2戦は欠場です。第1戦では独りよがりのプレーが目立ちましたが、やはり重要な選手です。ネイマール抜きのパリはどう立ち向かうでしょうか?

小澤 当然、単なる勝利ではなく2点以上を取りにいかなければいけないので、前がかりで戦う必要はあると思います。ただ、マドリーのカウンターはここに来てガレス・ベイルのコンディションも上がってきており本来の鋭さが戻りつつありますから、逆転勝利はかなり難しいと見ています。

 第1戦ではマドリーが開始から前がかりなハイプレスを敢行する試合の入りで、パリはそれを受けてカウンターを狙う、その狙い通り先制点を挙げたわけですが、結局試合をひっくり返されてしまいました。この敗れ方は、第2戦のパリの戦い方にも大きく影響してくると思います。

倉敷 マドリーも試合を動かせるトニ・クロース、ルカ・モドリッチ、マルセロが負傷中です。第2戦には間に合うという報道もありますが、トップコンディションなわけもないでしょう。ジダンはどのようなメンバーで臨むでしょうか。

小澤 マドリーはCL以外のタイトルは残っていませんし、ジダンとしては多少無理をさせてでも出場させるでしょう。マルセロはすでに復帰していますが、クロース、モドリッチは試合当日までわかりません。万が一、インテリオールの2人が欠場となる場合は、中盤の構成力でパリには劣りますから、BBC(ベイル、カリム・ベンゼマ、クリスティアーノ・ロナウド)の3トップ、イスコをトップ下という布陣は考えづらいです。

 個人的にはマテオ・コヴァチッチとカゼミーロをダブルボランチ、右にルーカス・バスケス、左にベイルかアセンシオを置く4−4−2で来るのではないかと思います。パリは序盤からボールを支配して両サイドバックを高い位置に上げる狙いを持って戦ってくるでしょうから、少なくともイスコをトップ下に置くひし形の中盤やBBCの3トップは考えにくいです。

倉敷 パリはどうメンバーを組むと中山さんは予想しますか?

中山 パリも故障者が多く、ネイマール以外にマルキーニョスとムバッペも軽いケガを負ってしまいました。ただ、マルキーニョスとムバッペはマドリー戦には復帰できると言われていますし、個人的にはネイマールが不在となったことが、逆に選手たちを団結させるような気もします。実際、フランス・ダービーでネイマールが涙を流しながら担架で運ばれた後、3-0でリードしているにもかかわらず、あの冷静沈着なチアゴ・シウバがものすごい形相で身体を張ったディフェンスをしていたのを見て、そう感じました。

 それと、モッタがフランスカップのマルセイユ戦(2月28日)で久しぶりにスタメン出場して、出色のパフォーマンスを見せたことも好材料です。また、現在のディ・マリアはとにかく絶好調で、ネイマール以上の仕事をするかもしれません。とはいえ、マドリー相手に3-1をひっくり返すためには奇跡を起こす必要があることに変わりはないでしょう。ただ、奇跡を起こすための材料がいくつか存在しているということは、頭に入れて試合を見たいと思います。

倉敷 パリが逆転勝利を収めるとしたら、打ち合いに持ち込んで攻め勝つしかなさそうです。しかし、マドリーは攻守の柱であるクリスティアーノ・ロナウドとセルヒオ・ラモスがそれぞれ調子を上げてきて、いよいよチャンピオンズ一本に目標を絞った雰囲気です。第2戦はマドリーが完封できるとも思いませんが、パリが無失点で勝つのも無理だと思います。

中山 主審のジャッジにも注目したいです。アル・ケラフィ会長も愚痴っていますが、毎回パリは判定に泣かされているという歴史があります。やはり、お金の力で急速に強くなったパリは、ヨーロッパサッカーの嫌われ者なのだと思います。仮に今回奇跡的に勝ち抜けたとしても、きっと準々決勝ではバルセロナやマンチェスター・シティなど、パリに勝たせないような組み合わせになるんじゃないでしょうか(笑)。特に今シーズンは法外なお金を使ってネイマールを獲得し、一気に移籍マーケットの相場を吊り上げてしまったことで一部から批判もありますから。

小澤 潜在的に、人々の中に「パリには勝たせたくない」という意識はあるでしょうね。パリが本当の意味でヨーロッパのビッグクラブになりたかったら、そのハードルや潜在的な意識から出てしまう不利なジャッジを乗り越えて勝ち抜いていく圧倒的強さが必要です。

 でも、第1戦後にエメリが記者会見で済ませればいいところを、わざわざミックスゾーンにまで降りてきて各スペインメディアに対して不利、不当なジャッジと主張してまわった立ち振る舞いを見る限り、私は逆効果で余計に敵を増やしたような印象を持っています。マドリーとの第2戦で、エメリ率いるパリがそのハードルを乗り越えられるのか注目しましょう。

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