なす術(すべ)がなかった。試合が始まる1時間半前まで、バケツをひっくり返したような豪雨に見舞われたアルガルベカップ第1戦。たっぷりと水を含んだピッチ、ポルトガルのこの地区特有の強風──。風下スタートとなった日本にとっては確かに不利な要…

 なす術(すべ)がなかった。試合が始まる1時間半前まで、バケツをひっくり返したような豪雨に見舞われたアルガルベカップ第1戦。たっぷりと水を含んだピッチ、ポルトガルのこの地区特有の強風──。風下スタートとなった日本にとっては確かに不利な要素もあったかもしれない。それにしても……である。



前半、オランダの猛攻を受け続けたCBの市瀬菜々(左)と三宅史織

 日本を少しでも研究した欧米系のチームであれば、おそらくこう仕掛けるだろう戦い方。それに倣(なら)ったオランダの先手必勝の猛攻に、なでしこジャパンはあっけなく陥落してしまった。

 開始4分、ロングボールを受けたFWシャニセ・ファン・デ・サンデンが個の力でセンターバック市瀬菜々(ベガルタ仙台)を振り切って、FWリーゲ・マルテンスがゴールを奪う。さらに4分後、今度はマルテンスの左サイドから中への折り返しに、レネス・ベーレンスタインが合わせてのゴール。オランダにとっては十八番のパターンが続き、開始わずか8分で試合の流れを決定づけられてしまった。

 それでもここで食い止めていれば、展開は変わっていたかもしれない。しかし、まだ前から奪いにいくのか、一度引くのか、チームの意思が定まらない。オランダの勢いに慣れる間もなく、負の連鎖は止まらなかった。

 その後もセットプレーからやられ、いつもは冷静な守護神・池田咲紀子(浦和レッズL)まで、らしからぬクリアミスを犯し、失点はかさんでいった。結局、悪夢のように長かった前半で失ったゴールは5つ。後半にさらに失点し、最終的には6失点。あまりにも多すぎた。

 ポジション柄、その失点に絡みまくってしまったのが若手CBの市瀬と三宅史織(INAC神戸)だ。もちろん、彼女たちだけの責任ではない。どちらかといえば、彼女たちが対峙するときは、すでにお手上げの状況にまで追い込まれていた。

 もともと”個”で勝てないのは承知の上。だからこそ、日本に必要なのは連係なのだ。それがあってこそ、CBが対応するときには既にスピードが抑えられ、シュートコースが絞られて、相手の焦りを誘うことができる。そうして守っていかなければならないのが日本。連係なしでは到底かなう相手ではなかった。

「ビビッたら負け。フィジカル一発でやられるのだけは避けたい」と前日の練習で話していた三宅。随所で体を投げ出す捨て身のクリアも見せるなど、けっしてビビることはなかったが、フィジカル一発は避けられなかった。

「あれだけ点を決められちゃうと後ろの責任です。(自分としては)インターセプトはなかったし、裏しかケアしてないのにやられてしまう。クサビにいけないCBは通用しない……」(三宅)

 ショックは計り知れない。その中で痛感したことがある。

「やっぱり自分には絶対的に”経験”が足りない。ユース年代で世界と戦ったといっても、どれだけA代表で戦っているかが、本当の経験値。こんなにボコボコにされたことはなかったので……。怖さを知りましたけど、ここで終われないとも思っています」(三宅)

 同世代の市瀬は三宅よりも約1年なでしこ入りが早い分、代表キャップも今回で7を数える。三宅と声を掛け合いながら、最終ラインを形成していこうと話し合っていた。相手の速さもパワーもイメージを固めて臨んだ一戦だった。

「1点目、2点目で自分のクリアミスや裏をとられて失点してしまって、相手を勢いに乗せてしまったのが一番の反省点」と肩を落とす市瀬。それでも共通の意識を持った守備が張れるようになった後半は、積極的に攻撃の芽を摘み取りに上がっていく、市瀬本来の予測能力も復活していた。世界レベルの”怖さ”を知るのも守備陣としては必須である。

 これだけの差を見せつけたオランダは、昨年のアルガルベカップ順位決定戦(●2-3)で競り負けた相手。昨年6月にも対戦し(〇1-0)、お互いの手の内はある程度把握している中での対決だった。

 オランダはその後ヨーロッパを制し、チャンピオンとしての自信をつけていた。この試合で2得点を挙げたマルテンスはバロンドール(FIFA女子最優秀選手)を獲得している。かつてのなでしこジャパンにあったような上昇気流を掴み、勢いに乗っているオランダと、2年間の上積みを形にしきれない日本。このコントラストが、スコアに如実に反映された。これが世界における日本の現状だ。

 では、日本の現状はゼロなのか――。答えは否だ。サンドバック状態の前半でも、鮫島彩(INAC神戸)のオーバーラップは秀逸であったし、中島依美(INAC神戸)のゴールを生んだ長谷川唯(日テレ・ベレーザ)との連係も冴えていた。

 後半、長谷川のヒールパスを受けた鮫島のラストパスに反応した田中美南(日テレ・ベレーザ)のシュートまでの流れは、ずっと見たかった”なでしこジャパン”の攻撃だった。明らかな劣勢の中にあっても、守備一辺倒になることなく、攻撃に打って出る姿勢は、高倉麻子監督がここまで貫いてきたものでもある。

 いずれにしても、この初戦に関しては、もはや”間合い”や”距離感”といった問題ではなかった。それ以前にチームとしてどう守るのか、という絶対的な仕組みが確立されていなかったことに尽きる。だからこそ、守り方にブレが生じ、連係が消滅した。

「(守備が)個だった。ひとりでいって潰れたら、その次にカバーが入るんじゃなくて、もうゴールを入れられている。すべてがそんな感じでした」と語ったのは鮫島。

「個人的にはCBとの関係性が築けてなかった。2人で合わないなら、それが4人になってもチグハグになる」とは代表復帰戦となった有吉佐織(日テレ・ベレーザ)。

 2人は揃って「6失点は重い」「情けない」と猛省しながら連係について危機感を募らせた。

 イメージの共有があれば、事態を改善させるのはそう難しくはないように感じる。事実、前半終盤に見せていた”打たせない守備”は一定の成果を上げており、後半から統一させた前線からの守備もハマり始めていた。そこには選手間のルールがあったからだ。人は固定せずとも、固定すべき戦術はある。この一点だけでも改善されれば、日本特有の粘り強いプレーは戻ってくるはずだ。