2013年、AJ・フォイト・レーシングでインディカーシリーズ初勝利を挙げた佐藤琢磨は、伝説のドライバーがオーナーを務めるこのチームで4シーズンを過ごした後、2017年にアンドレッティ・オートスポートへと移籍した。 琢磨がチップ・ガナッ…

 2013年、AJ・フォイト・レーシングでインディカーシリーズ初勝利を挙げた佐藤琢磨は、伝説のドライバーがオーナーを務めるこのチームで4シーズンを過ごした後、2017年にアンドレッティ・オートスポートへと移籍した。

 琢磨がチップ・ガナッシ・レーシングと天秤にかけながらアンドレッティを選んだのは正解で、移籍1年目にインディ500優勝という大仕事をやってのけた。4台体制で集める膨大なデータの中から必要なものを選び出すエンジニアリング能力の高さを発揮した琢磨は、勝利こそインディ500での1回だけだったが、シーズン半ばからはコースを選ばずにトップレベルの速さを見せ続けた。

 チームのエンジニアリング強化と琢磨の参画が相乗効果を発揮したわけだが、そんなアンドレッティ・オートスポートを、琢磨はたった1年で離れることに決めた。2012年に1シーズンをともに過ごしたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰するというのだ。



フェニックスで行なわれたテストでは、4セッション中、3回でトップタイムを出した佐藤琢磨

 誰もが驚いたこの決断の裏には、アンドレッティ・オートスポートが使用エンジンをシボレーに戻すことを検討したことがあった。ホンダ契約ドライバーの琢磨はシボレーチームでは走れない。いいシートが埋まってしまう前にと、琢磨は素早く動いてレイホール復帰を決めた。

 アンドレッティ・オートスポートのオーナーであるマイケル・アンドレッティとすれば、「2メーカーのどちらが自分たちにとってベターかを検討しただけ」だったが、空力面などでの技術サポート、つまりは金銭面での支援をより手厚く提供してくれる側を選びたかったというのが本音だろう。

 ところが、マイケルの思惑は外れた。シボレーからさほどいい条件は提示されなかったようで、結局はホンダと再契約。あわてて琢磨に残留を迫ったが、時すでに遅し、だった。

 今から思えば、結果的にマイケルの逡巡は琢磨にとって大きなチャンスとなった。インディ500を一緒に戦い、勝利を手にしたアンドレッティに残留する話は決して悪くはないと琢磨は考えていたが、もともとレイホール移籍にもより大きな魅力を感じていたからだ。

 明らかに不利な1台体制ながら、2015年に2勝、2016年に1勝、2017年は2勝しているレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング。それを可能としたのはドライバーのグレアム・レイホールの才能だけでなく、トップレベルにあるチームのエンジニアリング能力が大きい。

 金曜日の最初のプラクティスで遅くても、土曜日の予選や、日曜日の決勝までにセッティングを修正して優勝を争えるだけの力を発揮する姿を彼らは何度も見せてきた。琢磨はそうしたパフォーマンスを外から見て、高く評価していたのだ。

 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは、ホンダ勢が苦戦し続けたショートオーバルやロードコースでも、優位に立つシボレーのエアロを使うライバルたちとほぼ互角の戦いをしていた。ほぼ同一のシャシーで戦うインディカーシリーズでは、エアロ以外ではサスペンション・セッティングの重要性が高い。特に、ダンパー(=ショック・アブソーバー)の性能、ノウハウが大きな鍵を握る。

 レイホールのチームは、ライバルたちが持っていない何かをその分野で手に入れているということだ。琢磨はコース上でレイホールの背後を走ったときや、区間タイムなどのデータから、「彼らが大きなメカニカルグリップを得ているのは間違いない」と分析していた。

 2018年はエンジンメーカー提供のエアロキットが廃止され、全員が同じ空力パッケージで走るため、サスペンション・セッティングの重要性はより一層高くなる。レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングには、王者チーム・ペンスキーと、もうひとつの強豪チップ・ガナッシ・レーシングに戦いを挑むだけのダンパー・プログラムがあると考えられる。

 その仮説は、開幕を1カ月後に控えたフェニックスの1マイルオーバルで開催されたオープンテストで実証された。 

 合同テストは2日間で、3時間のプラクティス(練習走行)が合計4回行なわれた。レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングはその全セッションで最速ラップをマーク。そのうちの3回は琢磨がトップタイムで、もちろん2日間での最速となった。そればかりか1日目のセッション2では、レイホールがトップで琢磨が2番手と、他チームを圧倒してみせたのだ。

 同じエアロで走ったショートオーバルでライバルより速かったのは、高いメカニカルグリップが得られていることの証明だ。琢磨の見込み通りか、あるいはそれ以上に、レイホールのマシンはライバル勢に対してアドバンテージを持っているのかもしれない。

「本当にいいテストになりました。おそらくインディカーに来てからベストの内容だったと思います。ペンスキーやガナッシと戦い、彼らより速いラップを出せた。レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングはこの2日間で大きく進歩しました。この後はバーミンガムの常設ロードコースで1日、ストリート用にセブリングで1日テストを行なって、開幕を迎えます」と、琢磨は目を輝かせた。

 インディ500連覇と、初のシリーズタイトル獲得を目標に掲げる彼にとって、「チャンスあり!」と強く実感できたフェニックスでのオープンテストだった。