「得るものの多い大会だった」と語る大坂なおみの表情と声の音(ね)が、その言葉が本心であることを示していた。あるいは少なくとも、自分の言葉を本気で信じようとしている前向きな姿勢やひたむきさが、時折浮かべる笑みににじんだ。20歳になって新コ…

「得るものの多い大会だった」と語る大坂なおみの表情と声の音(ね)が、その言葉が本心であることを示していた。あるいは少なくとも、自分の言葉を本気で信じようとしている前向きな姿勢やひたむきさが、時折浮かべる笑みににじんだ。



20歳になって新コーチを迎えた大坂なおみ

 4回戦へと躍進した全豪オープン後に、初めて出た公式戦のカタール・オープン。WTAツアーのなかで上位グレードに属するこの大会で、大坂は予選2試合を勝ち上がり、本戦初戦でも49位のカテリナ・シニアコバ(チェコ)に快勝した。

 ただ、この試合中のひとつの動きを機に、背中にピンと刺すような痛みが走る。その痛みは1日経っても消えず、「100%のパフォーマンスはできない……特にサーブは全力で打てない」ことを知りながら、2回戦のアナスタシア・セバストワ(ラトビア)戦を迎えることを余儀なくされた。

 それでも彼女は「どこまで食らいつけるか試したい」と自身にチャンスを与え、1ポイントごとに拳を振りかざし、太ももをピシャリと叩きながら闘志を掻き立てる。いきなり3ゲームを連取されながらも追いつき、最後まで試合を捨てなかったその「ポジティブな姿勢」を、彼女は「次につながる敗戦だった」と評した。

「ポジティブ」――それは大坂が今年に入ってから、すでに何度も繰り返してきた言葉である。過去に1本のミスに心をとらわれ、勝てる試合を落としたこともある彼女は、自分の課題がどこにあるかも認識していた。

「変わらなくては……」

 そう強く望んだ彼女は昨年末、新たなコーチを選び迎える。その水先案内人は、大坂が敬愛する女王セリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)のヒッティングパートナーを8年の長きにわたり務めた人物だった。

「ナオミのことは2年ほど前からツアーで見かけるようになったし、会えば『ハイ!』と声をかけていました。でも、彼女はとてもシャイなので……会話をすることはほとんどなかったですね」

 3年前にビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)、そして昨年はキャロライン・ウォズニアッキ(デンマーク)のヒッティングパートナーを歴任したサーシャ・バジンは、大坂を最初に見たときの印象を振り返った。

 そのシャイな才能の原石と、キャリアアップを望んでいた33歳の「若き優勝請負人」を結びつけたのは、大坂のエージェントのスチュアート・ドゥグッドである。それまで常に父親をかたわらにつけていた大坂に、ドゥグッドは「ツアーに帯同してくれるプロのコーチを雇うべきだ」と説いた。

 昨年10月に20歳を迎え、ツアーレベルに定着して3年目を迎える大坂にとって、今年は成熟した選手になるための「親離れのとき」だったかもしれない。先の全豪オープンが開幕したとき、その前週のホップマンカップ(国別対抗のエキシビション大会)にいた父親の姿は、メルボルンにはなかった。

「変化」をもたらすべく選ばれた新コーチは、昨年末に初めて練習したときに即、彼女が抱える課題に気がついたという。

「彼女は『自分を褒めようとしない性格』だとわかりました。たとえば練習中に僕が何かを助言すると、すぐにそれを試みます。そしてうまくいかないと、自分を責める。ボディランゲージから、彼女は自分に厳しすぎると感じました。そのような姿勢が必要で、うまくいくこともあります。でも、今のナオミに必要なのは、もっとリラックスすることだと思いました」

 だからこそバジンは、「なんでもすぐにうまくいくはずがない。君はマシンではないのだから」と大坂に言い聞かせる。

 同時に彼は、大坂が抱く自分への苛立ちの源泉には、「完璧」を求める高い向上心があることにも気づいていた。それは過去に大坂が、周囲から「完璧なんてありえない」と否定されたこともある考え方だ。ところが新コーチは、ネガティブな姿勢は正すべきとしながらも、完璧主義は全面的に肯定した。

「パーフェクトを追うのはすばらしい姿勢だし、セリーナやビカ(アザレンカ)ら僕が見てきた女王たちは、みんな完璧主義者でした。大切なのは、自分を成長させるために、それをどう用いるかです」

 そして実際にバジンには、女王たちが”完璧主義”をいかに扱ってきたのかを身近に見てきた経験がある。

 セリーナとはこんな話をした。ビカ(アザレンカ)はこんな練習をした――。バジンが語る偉大なる先達たちのエピソードは、大坂が進むべき道筋を照らしていた。

「もう、相手のランキングや年齢、勝つべき相手かどうかなどは考えないようにしているの」

 カタール・オープン初戦で1歳年長のシニアコバを破ったとき、大坂は穏やかに言った。

「相手が誰だろうと、勝つために戦うことに変わりはない。余計なことを考えると、精神面に影響を及ぼすことになるから」

 確かに昨年までの彼女は、「勝てる相手」と思い挑んだ試合ほど、精神的に乱れたことがある。「だから、そこは自分でも変えるようにしているの。サーシャに言われたからではなくてね。それは、私が過去2年間にコートの上で学んだこと」。もっと成長しないとね……そう言い彼女は、照れたような笑みを浮かべた。

 テニス選手が歩むツアーの行路は果てがなく、大坂とバジンのふたりもまだ、そのとば口に立ったばかり。ましてやバジンは、大坂を「世界1位になる潜在能力の持ち主」と評し、そこに至る指標を示す心づもりなのだ。その道のりが長く、険しいものになるのは間違いない。

 それらの現実を認識したうえで、大坂は「この2ヵ月間はうまくいってると思う。勝っても負けても、ポジティブな姿勢をキープするという目標ができている」と言った。

 まだ幼さの残った10代の自分と決別することを、彼女は誓う。背筋を伸ばし、顔をあげ、自身が選んだ道を彼女は進み始めた。