グランドスラムはテニス選手にとって夢舞台。だが、当然ながら、そこに到達することが最終目標ではない。この日のシングルス1回戦で敗退したダニエル太郎(日本/エイブル)の談話は、選手のキャリアやモチベーションを考える上で、示唆に富むものだった。ダ…

グランドスラムはテニス選手にとって夢舞台。だが、当然ながら、そこに到達することが最終目標ではない。この日のシングルス1回戦で敗退したダニエル太郎(日本/エイブル)の談話は、選手のキャリアやモチベーションを考える上で、示唆に富むものだった。

ダニエルはこのオフシーズンにプレースタイルの改造に取り組んだという。正確に言えば、取り組み始めた。彼はベースラインでの粘り強さが持ち味。強引な攻めを嫌い、状況を見極め、じっくりと守りから攻めに転じるスタイルの持ち主だった。

10代半ばで日本からスペインに渡り、バレンシアのアカデミーでそのスタイルを磨いた。細身の体格と、冷静で粘り強い性格、ダビド・フェレール(スペイン)も拠点を置くアカデミーの練習環境を考え合わせれば、そのスタイルを選択するのが当然と思える。持って生まれたものを生かすことが成長への唯一の道であり、それが選手の個性となる。

ところが、グランドスラムの舞台を経験するうち、ダニエルには別の道が見えてきた。

「1年半くらい前までは、今の(スタイルの)まま、力だけついていけば自然に上がっていける、と。でも、去年から『やっぱり違う』と思ってきて。相手を崩せるような自分の武器が出てこないと、80位、130位の人でも勝つのは難しくなってくる。テニス(自体)が相当変わってきているという印象です」

世界のトップのテニスを体感し、その激変を目の当たりにして、これまでの考え方に疑問が生じたのだ。そこからスタイル改造が始まった。

例えば、球足の速さに対応できるように、手首をリラックスさせて行うテークバックをシンプルなストレートテークバックに変えるという。着地点は、攻撃力のアップにある。

「自分からアタックできるようにならないといけない」

一気にスピード&パワー主体のストロングスタイルに転換するわけではないにしても、大きな変化であり、それが今こそ必要と判断したのだ。だから「この何カ月かは結果は期待できない」と覚悟した。今大会の1回戦敗退も冷静に受け止めている。

「テニス20年くらいやってきてついた癖ですから、この12月に変えて、(1月に)いい結果が出たら怖い(笑)」

成績やランキングは下がったとしても、時間をかけて抜本的にスタイルを変え、そこからもう一度、上を目指すと決めたのだ。

「トップ100にいるけど、このまま保つだけでも、今のままでは難しいなと思っている」

何もせず、じり貧になるよりも、一度は後退しても、より高みが目指せる可能性に懸けようというのだ。

「時間は掛かるけど、長い目で見ると、あと12年くらいはできると思っているので(笑)、焦って25歳で一番の結果を出すより、30歳、32歳になって40位、30位にいられるようにしたいと思っている」

もちろん、改造が成功する可能性は100%ではないだろうし、いつになったら改良が完成するという確かな見込みもない。

「知らないうちに変われるかもしれないし、頑張って頑張って頑張って、もうあきらめた、と思ったら変われるときが来るかもしれないから、続けるしかない」

その覚悟の強さ、楽観性、そしてテニスプレーヤーという仕事に取り組む真摯さに胸を打たれる。テニスプレーヤーの真価は、勝った負けたの結果だけではない、ということが彼を見ているとよく分かる。(秋山英宏)※写真は「全豪オープン」でのダニエル太郎

(Photo by Scott Barbour/Getty Images)