「彼女はどこからともなく、突如として現れた」と、WTA公式シニアライターのイェン・コトニー氏は、その日の衝撃を振り返る。3度目の全豪オープン本戦に挑む大坂なおみ 2014年夏――。米国カリフォルニア州開催のバンク・オブ・ウェスト・クラシ…

「彼女はどこからともなく、突如として現れた」と、WTA公式シニアライターのイェン・コトニー氏は、その日の衝撃を振り返る。



3度目の全豪オープン本戦に挑む大坂なおみ

 2014年夏――。米国カリフォルニア州開催のバンク・オブ・ウェスト・クラシック。予定調和な結果が並ぶ大会初日のプレスルームの平穏は、2011年全米オープン優勝者のサマンサ・ストーサー(オーストラリア)が予選上がりの無名選手に追い詰められたとき、たちまち波立ったという。

「ナオミ・オオサカのことを知っている人は、プレスルームに誰ひとりとしていなかった。資料を見ても、わかるのは名前と国籍と16歳だということくらい。その16歳がストーサーといい試合をしているというので急いで見に行ったら、まずはフォアハンドのすさまじさに衝撃を受けた。フットワークはバタバタしているし、サーブも時々とんでもないところに打つ。それでも彼女は、フォアハンドでストーサーを打ち負かしてしまった」

 衝撃のルーキー出現に記者たちは慌てて会見を要求するが、求めた側としても、相手の情報が何ひとつないのだから落ち着かない。イェン氏がWTAのメディア担当者に「彼女は英語が話せるの?」と尋ねると、返ってきたのは「もうすぐわかるさ」との回答。つまりはツアーの広報すら、オオサカが何者かを知らなかった。

 果たして、不安そうに目を忙(せわ)しなく動かし、少し背を屈めるようにして会見室に入ってきた16歳は、「すぐさま記者たちの心を掴んだ」とイェン氏は笑う。

「記者のひとりが『あなたの名字と、出身地が大阪であることは何か関係あるの?』と尋ねたら、彼女は『もちろんよ。大阪で生まれた人は全員オオサカさんになるの』と表情をまったく変えず即答する。記者たちは『えっ、そうなの? でもそんな話は聞いたことがないし……』と困惑顔。それを見たナオミは、チャーミングに『冗談よ』のひと言。みんなそれで一気に彼女が好きになったの」

 テニスは荒っぽいが、フォアハンドの威力はすでにツアー随一。性格はシャイだが、ユーモアのセンスとジョークの切れ味は鋭い――。そんなバラエティに富むユニークな人物像を、大坂なおみはイェン氏をはじめとする報道陣や関係者たちに、鮮烈に刻み込んだ。

 その”始まりの日”から、3年半の年月が流れた。自己最高ランキングは、2016年10月に到達した40位。今年最初のグランドスラムである全豪オープンを70位で迎える大坂なおみを、「Aクラスの期待の若手」だとイェン氏は断言する。

「この数年間で彼女が一番成長したのは、『テニスのプレーの仕方』だと思う。すさまじいフォアハンドのショットを持っている。サーブもある。それら手持ちのカードをどう使うかが一番の課題で、その点に関しては昨年の1年間で特によくなったと感じた」

 またイェン氏は、性格も含めた大坂の資質や成長曲線を、昨年の全米オープン準優勝者で最高位7位(現18位)のマディソン・キーズ(アメリカ)に似ていると目す。

「マディソンも若いころから期待されながら、プレーが安定せずに大きな結果が残せなかった。パワーやアスリート能力を備えながら、それを統合するのに時間がかかった」

 そのキーズが、ツアー優勝やトップ10入りなどの成果を次々に残すようになったのが21歳のとき。その成長曲線に重ねるなら、10月に21歳を迎える大坂にとって今季は「心技体の統合」が始まる飛躍の年となるかもしれない。

 その意味では今大会のドローも、大坂の成長を試す格好の試金石だと言えるだろう。初戦の相手は、昨年の対戦では快勝しているクリスティーナ・クコバ(スロバキア)。「勝つべき試合」という重圧を跳ねのけ試合に入ることが、何より重要になるはずだ。

 そこを切り抜けられれば、2回戦で当たる可能性が高いのは第16シードのエレーナ・ベスニナ(ロシア)。ダブルスの名手でもある、この試合巧者の多彩なプレーに対応するには、高い集中力と自制心が求められる。

 そして、シード選手を乗り越えた先に待つのは、グランドスラムで過去5度も跳ね返された”3回戦の壁”だ。これまでにも彼女は「強い選手に勝った後は、安心して気が抜けることがある」と繰り返してきた。3回戦を突破することは、過去の自分を超える明確な指標となるだろう。

 もちろん当の大坂は、まだそこまで先を見てはいない。「ドローで確認したのは1回戦の相手だけ」と言い、その初戦の行方を左右するのは「自分次第」とも認識している。

「相手のことは、あまり気にしないようにしている。1回戦の勝敗は、私がどれだけ安定したプレーができるかで決まると思うから」

 そう言って浮かべた少々ぎこちない笑みは、期待と不安が複雑に入り交じる胸中を映すようだった。

 3年半前、「どこからともなく、突如現れた」無名の少女は、今や女子テニス界の未来と目されるまでになった。それにともない高まる自分自身への期待は、時にトップ10選手をも打ち破る力を彼女に与え、時に彼女を縛り敗戦へと引きずり込んできた。

 相反する要素を懐(ふところ)のうちに抱え、その相克の熱を活力として疾走する大坂の「真のトッププレーヤーを模索する旅」が、真夏のオーストラリアから始まる。

【全豪オープンテニス】
1/15(月)~28(日)WOWOWにて連日生中継
詳しくはこちら>>