「イップスではない」 阪神タイガース・藤浪晋太郎はそう否定していた。しかし、明らかに自分の思い通りの制球はできていなかった。昨シーズン、そして今シーズンと自身は結果を残せず、チームもシーズン2位、クライマックスシリーズ(CS)ファースト…

「イップスではない」

 阪神タイガース・藤浪晋太郎はそう否定していた。しかし、明らかに自分の思い通りの制球はできていなかった。昨シーズン、そして今シーズンと自身は結果を残せず、チームもシーズン2位、クライマックスシリーズ(CS)ファーストステージで敗退した。



今シーズン、わずか3勝に終わった藤浪晋太郎

 一軍での登板数は激減、二軍での調整は2カ月にも及んだ。出口の見えない藤浪に首脳陣は頭を抱えた。そんな藤浪の苦悩に共感するのが、身長193センチの野球解説者、門倉健だ。

「190センチ以上にしかわからない気持ちというのがあるんですよ」

 門倉は、中日、近鉄、横浜、巨人といくつもの球団を渡り歩き、その後、アメリカ、韓国に渡った。日本に戻ると、クラブチームに所属して都市対抗野球にも出場。引退後は、韓国でコーチになり、現ソフトバンクのリック・バンデンハークを指導した。彼もまた197センチだった。

 今シーズンの藤浪は、右バッターへの死球が目についた。門倉が言う。

「右バッターの外角にひっかかったボールを投げることが多かった。それを修正しようとして、上体が突っ込み、腕が出てこない。開きが我慢できず、指先だけでボールを操作するから死球が増えるんです」

 これについては韓国時代のバンデンハークも、まったく同じことが起きていた。

「藤浪と同じクロスステップで、体が縦振りではなく、横振りの投げ方だったんです。下半身はぐちゃぐちゃで、コントロールはバラバラ」

 そんなバンデンハークを変えたポイントはどこにあったのか。

「トップの位置、ステップの幅、左手の使い方、いろいろ変えたけど、最終的には『角度をつけること』に行き着いた。そうしたらスピードも上がって、コントロールもチェンジアップも良くなった。特に意識させたのが下半身です。軸足を折ることなく、マウンドの傾斜を利用して投げる。下半身の動きがスムーズにいくとすべてがいい方向にいったんです」

 ついつい「背の大きい選手を特別な目で見てしまう」と話す門倉は、現役時代、葛藤を抱えながら、もがき続けていた。

 ルーキーイヤー、7月に一軍に昇格すると、後半戦だけで7勝を挙げる。2年目、3年目と2ケタ勝利を飾り、このまま順調に行くかと思った4年目、わずか2勝に終わった。そしてオフには近鉄へトレードされ「チームに必要とされていないのか」と深い哀しみに暮れた。

「今の藤浪と一緒で僕もコントロールのいい投手ではなかったし、腕もやや横から出ていたのでマウンドで大きさを感じさせる選手ではなかった。若いときは勢いだけで、ただ思い切り腕を振っていればボールも適当に散らばって、何とかなったんです。それが4年目になって、勢いが落ちてきた感覚に陥ったんです」

 門倉は苦しんだ4年目のシーズンで立ち止まった。どうしたらこの世界で生きていけるのか……門倉の出した答えは”角度”だった。

「それまで対角線に投げることを追い求めていたのですが、高さを生かすために真上から直線的に投げる意識に変えました。ボールを縦に入れるイメージです」

 ヒントは中日時代の先輩たちだった。

「立浪和義さんや正捕手の中村武志さんなど、バッターの人にいろいろ聞いたんです。そうしたら、打者にとって一番打ちにくいのは、速い球や制球されているボールではなく角度のあるボールだと言われたんです」

 角度を意識すると、はっきりと違いが表れた。

「こんなに簡単にファウルが取れるのかと。結局、ボールがベース上を通過しないとバッターは反応してくれないんですね。ストライクゾーンを縦に使うと、バッターは手を出してくれるんです」

 さらに門倉は続ける。

「それまで僕の中に、右ピッチャーはプレートの右側(三塁側)から投げるという固定観念がありました。だけど、サイドスローのピッチャーが左側を踏んで投げているのを見て、『あれっ』と思ったんです」

 何も考えず、遊び心から、その日の調子によってプレートの立つ位置を変えるようになった。すると、バッターを見る景色がガラッと変わった。

「変化球ひとつにしても、(プレートの)右側を踏んで投げるスライダーと左側を踏むのとでは、変化の仕方がまったく違った」

 同じ球種でもボールの軌道が変わるだけで違う変化球になる。縦を意識しただけで、投球の幅まで広がっていった。誰にも真似のできない高さを最大限に生かすことで、次から次へと新たな発見が生まれることに門倉は喜びを感じた。

「腕の位置を大きく変えたとき、他の人には『何も変わってないよ』と言われた。だけど自分は変わるんだという強い気持ちで、毎日練習しました。それにボールが抜けたときに、それまでは『今日もコントロール悪いなぁ』と思っていたのが、『オレの特徴だからいっか』と思えるようになったんです。フォアボール出しても、0点に抑えればいいやと」

 こんな経験があるからこそ、門倉は藤浪にこうアドバイスを送る。

「荒れ球を受け入れるかどうか。それを短所と思うのか、それとも武器と思えるのか」

 そして197センチの長身を誇る藤浪が、高さを生かすため変えるべきことはたったひとつ、”右足”だという。

「藤浪は右足(軸足)を折って投げるでしょ。あれを変えるだけでよくなる。今の投げ方だと197センチの長身が生かされていない。180センチ台の軌道になっています。それに今は腕だけでコントロールしようとしているように見える。もっと下半身を意識すれば、腕は自然に振れるようになります。そうすればコントロールは安定するはずです」

 一方で、藤浪については「孤立している」「アイツは聞く耳を持たない」といった声も聞こえてくる。

「人を寄せつけない雰囲気を本人が出しているのかもしれない。だけど、悩んでいる本人が一番苦しいはず。来年はライバルと言われ続けてきた大谷翔平がメジャーでしょ。さらに背負い込んでしまう可能性がある。でも、伸びしろは藤浪の方があります。あのフォームでこれまで成績を残してきたんですから。こんな逸材いませんよ」

 フォームを変えることは容易なことではない。「うまくいかなかったら……」という不安もつきまとう。

「今の藤浪を見ていると、いいときのことを追い求めている感じがします。甲子園で春夏連覇を達成して、プロ3年目までは順調にいった。そこに戻れば、必ずよくなるという考えもわかります。でも、体の柔軟性や筋肉の質というものは年々変わっていきますから。昔の体には戻れません。それにバッターも藤浪のピッチングに慣れてくるし、研究もされる。

 だけど、ちょっとしたことでピッチャーって変わりますから。新しいことをやるのは怖いと思うのですが、必ず発見もある。今が変えるチャンス。まず、いろんなことをやってみる。結果が出なくてもあせらずやり続けたら、きっと道が拓けます」

 監督もコーチも、そしてファンも、藤浪の復活がタイガース優勝のカギを握ると信じている。このまま終わる選手ではない。いや、終わらせてはいけない選手なのだ。この試練を乗り越えたときには、藤浪にしか見えない新たな世界が広がっているに違いない。