正直、錦織圭の表情が思いのほか明るかったのが救いだった。 錦織は11月25日に、東京・有明コロシアムで開催されたチャリティーイベント『日清食品 ドリームテニスARIAKE 2017 』に参加し、プレーこそしなかったものの、主審を務め、彼ら…

 正直、錦織圭の表情が思いのほか明るかったのが救いだった。

 錦織は11月25日に、東京・有明コロシアムで開催されたチャリティーイベント『日清食品 ドリームテニスARIAKE 2017 』に参加し、プレーこそしなかったものの、主審を務め、彼らしい天然ぶりのジャッジをしたりと、観客を笑わせ会場全体を和ませた。



11月下旬、日本に滞在していた錦織圭。イベントで子供たちとふれあう

 実は錦織が公の場に姿を現したのは、約3カ月ぶりのことだ。8月中旬のマスターズ1000・シンシナティ大会前、サーブの練習中に右手首腱の裂傷を負って大会を棄権し、そのまま2017年シーズンを終える決断を下した。

 ケガは脱臼を伴っており、複数の医師に意見を求めて治療法を模索した。その結果、錦織の右手首はギプスで固定されたが、幸い手術は回避され、自然治癒による完治を目指すこととなる。

 リハビリは、かつての世界女子ナンバーワンだったキム・クライシュテルスがベルギーで運営するアカデミーで行なわれた。10月下旬には初めてボールを打ち、ベルギーでのリハビリを終えてフロリダに戻った。

 ただ、フロリダのIMGアカデミーでは、通常より軽いラケットを使用し、通常より柔らかいテニスボールを打った。

「まだ自分の重さのラケットを使っていないので、自分のラケットに慣れるのにも時間がいる。最近たまに持つと、すごく重く感じるので、まだまだ時間はかかると思います」

 11月中旬より通常のテニスボールでラリーをするようになったが、ラケットは軽いもののままだ。

「だいぶ打てるようにはなってきている。まだ5~6割ぐらいですね」と語る錦織が、今季右手首のケガを初めて発症したのは、3月下旬のマスターズ1000・マイアミ大会準々決勝でのことだった。その後のクレーシーズンでも再発を繰り返して、だましだましのプレーが続いた。プロ10年間で蓄積された疲労も伴い、右手首が悲鳴をあげたと見るべきだろう。

 2017年の年初、錦織は世界ランク5位でスタートしたが、シーズン途中で戦線離脱をしたため、結局、マッチ成績は30勝13敗。2011年以来のツアー優勝ゼロで、ATPランキングは22位でのフィニッシュとなる。2014年から3年連続トップ10でシーズンを終えていたが、残念ながらその記録は途絶えた。

 もともと錦織はケガの痛みに対して敏感で、そのせいで自分のプレーにブレーキをかけてしまう時があった。ケガの多い錦織にとって、それは安全装置のようなものだが、彼の才能を最大限に発揮できない一因でもあった。

 ただ、今の錦織は思いきり打てない原因を冷静に見つめ、状況を把握しようとしている。

「あまり怖さに負けないように、痛さ、メンタルでバリアを作ってしまわないように心がけています」

 このように27歳の錦織が語れるのは、19歳の時に、右ひじの手術をして1年間試合に出られず、ランキングがなくなるという経験をしたからだ。

「2009年の時は無理矢理、自分のなかで(ケガの経験を)プラスにしないといけないという焦りもあったし、プレッシャーもあったりしました。いろいろな人から経験談を聞いても『プラスにしないと』と言われましたけど、ケガをして、離脱しているんだからプラスにできるわけないだろ、と当時は思っていたんです。

 でも、今回いろいろ経験して、自分がケガと付き合っていかなきゃいけない体というのを、十分認識しているということもあって、だいぶ落ち着いてプラスにも考えられるし、無理矢理プラスにしなくてもいいと楽に考えて、結構ポジティブにいられたりします」

 錦織は試合に出られず時間ができたことを逆に利用して、トレーニング、フォーム改善、道具の見直しなどに取り組みたいと考えている。だから、時間も要るし、復帰も簡単に決められないと付け加える。

 なかでも、12月に28歳になる錦織にとって、フォーム改善は簡単なことではないだろう。もちろん右手首に少しでも負担がかからないようにすることは求められるが、錦織ほどの選手が技術的に何かをいじることは冒険となる。

 ただ、サーブでボールをインパクトした直後にラケットを振り下ろす動作は、今からでも改善できるのであれば、右手首のためにも見直しを検討すべきではないだろうか。

 さらに、錦織にはサーブでの恐怖心を振り払う課題も残っている。

「一番怖いのはやっぱり痛めた(原因となった)サーブですね。やっぱりスピンサーブを打つのがめちゃくちゃ怖いので。それを何回もやって、怖さをとっていかないといけない」

 今年の9月に現役生活を終えた伊達公子も、第2次キャリアではケガに苦しんだ選手だった。それだけに錦織が再浮上をすることが、どれだけ大変なことか理解を示す。

「彼は1回、ひじで手術をしてカムバックしている経験があるので、自分が一番よくわかっていると思います。今のポジションから、また元いた場所に戻るのは簡単なことではないでしょうし、彼にとって大きなチャレンジになるのは間違いありません。これはケガをしたら誰もが通らないといけない道で、感覚や試合勘、思うようにいかないことにも逃げずに向き合っていかないといけないことは当然出てきます。

 今まで以上に葛藤は出てくると思うけど、それは避けられないので通るしかない。彼がどれだけ本当に戻りたいという気持ちを強く持って、信じ切れるか。そこをやり切ってほしいし、やれるだけの才能が彼にはあります」

 そして、錦織のコーチであるマイケル・チャンも復帰を心待ちにしている。

「2018年に、圭がケガから復帰することを待ち望んでいます。これからキャリアの後半へのスタートを切ることになると思います。まずは、100%健康になること。圭のベストはこれからだと思うので本当に楽しみにしています」

 現在、錦織は、2018年ツアー開幕週のATPブリスベン大会(1月1日~)、ATPシドニー大会(キャリア初エントリー、1月8日~)、グランドスラム初戦・オーストラリアン(全豪)オープン(1月15日~)、ATPニューヨーク大会(2018年より新設、2月12日~)、ATPアカプルコ大会(2月26日~)にエントリーしているが、どこで復帰するかは定まっていない。

「自分の中で治ったと思えば、出るだけ。ドクターやトレーナーにはわからない感覚なので、僕自身がテニスをして、手首に100%痛みがなければ、出られる。それがいつ来るかはまだわからないので、復帰の目途は立ちません」

 復帰してから痛みが再発する可能性も考慮している錦織だが、現状を踏まえると、オーストラリアンオープンには間に合わないように思える。通常、ケガのない選手は11月にしっかり休息を取り、12月から限界まで自分を追い込む練習をして、1月第1週の開幕に備えるのがパターンだからだ。

 今回の錦織の復帰は慎重すぎるほどでいいと思う。ケガの箇所が、ラケット操作の要である右手首であり、彼が来季28歳でプロ11年目を迎えるベテランだからだ。

 ただ、今の錦織は自分にケガの多いことも受け入れたうえで、そこから解決策を見い出そうとしていて、今までにない落ち着きが見られる。メンタル的にもしっかりリセットできているようで、復帰過程にある選手とは思えないほど表情が明るい。彼のスポンサー関連の「スポーツ義足体験授業」では、実に楽しそうに小学6年生の子供たちと接していて、こんな無邪気で素直な錦織を見るのは、いつ以来だろうかと感じたほどだ。

「(復帰したら)最初の数カ月は大変だと思いますけど、何かそれも苦しいながらも、多分楽しんでできると思う。手首が完治して、しっかり練習ができて、本チャンの試合が行なえるようになったら、自然に自信もついてくる。久しぶりにトップ20以下に落ちたけど、なるべく早くトップ10、トップ5に戻ってきたいですね」

 時期は未定だが、錦織の復帰は成功するだろう。来季を見据える彼の双眸(そうぼう)が、これから待ち受ける大いなる挑戦を楽しみたいという思いで輝いているからだ。