2017年11月29日で2020年東京パラリンピック開催まで、あと1000日となった。実施22競技のうち、日本のメダル獲得が期待される競技のひとつが、視覚障害者柔道だ。視覚障害者柔道は弱視や全盲など障がいの区分はなく、一般の柔道と同じ…

 2017年11月29日で2020年東京パラリンピック開催まで、あと1000日となった。実施22競技のうち、日本のメダル獲得が期待される競技のひとつが、視覚障害者柔道だ。視覚障害者柔道は弱視や全盲など障がいの区分はなく、一般の柔道と同じく男女とも体重別で行なわれる。もっとも大きな違いは、両者が互いに組んだ状態から試合が始まることだ。組み手争いがないぶん、序盤から技が出やすい。また、試合終了5秒前に逆転の一本勝ちという展開も十分にあり得るため、最後まで目が離せないところも醍醐味だ。



全日本では海外勢に押されてしまった女子48kg級の半谷静香(右)

 そんな視覚障害者柔道の全国大会「第32回全日本視覚障害者柔道大会」が11月26日、柔道の聖地・講道館で行なわれた。昨年のリオパラリンピックに出場したベテラン勢から、今年の全国視覚障害者学生柔道大会を制した10代の選手まで、幅広い世代が参加。道場は熱気に包まれた。

 圧倒的な強さで女子57kg級を制したのは、廣瀬順子(伊藤忠丸紅鉄鋼)。リオパラリンピック銅メダリストの実力を見せつけた。だが、その他の階級は男女とも日本人選手の苦戦が続いた。代わって存在感を見せたのが、”海外勢”だ。実は、今大会は東京パラリンピックを見据え、世界の強豪であるアメリカやスウェーデン、韓国などから海外選手を招待。廣瀬の女子57kg級を除き、この海外招待選手がエントリーしたすべての階級で優勝した。

 お家芸として、ソウル大会からリオ大会まで、毎回パラリンピックでメダルを獲得してきた日本。だが近年は、海外勢の”パワー柔道”に押され気味で、昨年のリオでは金メダルがゼロだった。今大会、リオパラリンピック銅メダリストの男子60kg級のアレクサンドル・ボロガ(ルーマニア)ら世界トップクラスの選手を招待したのは、この現状を受け止め、国内における競技普及と国際競技力向上の足掛かりにする狙いがあった。

 日本障害者柔道連盟の遠藤義安強化委員長は、「海外の強い選手に直接触れることで、力の差を感じる機会を持つことが大事。日本の選手は技術はいいものを持っているし、足りないパワーは練習すれば必ず身につくので、そこをしっかりと認識して今後につなげてもらいたい」と、期待を込めて話す。

 今大会、その海外選手のパワーに屈し、「ものすごく悔しい」と肩を震わせたのが、女子48kg級で3位に終わった半谷静香(はんがい しずか/エイベックス)だ。半谷の初戦は、北京で銅メダル、ロンドンで金メダルを獲得し、昨年のリオでも準優勝している強敵カルメン・ブルシグ(ドイツ)と対戦。得意の一本背負いを幾度としかける半谷に対し、徹底的に返し技を狙うカルメン。長身ながら頭を低く下げ、かつ左組独特のカルメンの柔道に半谷は決定的な技を繰り出せず、ゴールデンスコアの延長戦の末、指導で敗れた。

 10月のIBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)ワールドカップ・ウズベキスタン大会でも、半谷は準決勝でこのカルメンに敗れている。今回はそのリベンジを誓って畳に上がっただけに、無念さがにじむ。

 だが、「実力は五分のところまできた」と、今年4月から半谷の専属コーチを務める仲元歩美コーチは言う。仲元コーチは半谷について、「スタミナはあるし一生懸命だけど、不器用なタイプ」と分析。彼女に足りないことは、「メンタル」と指摘する。

 そんな半谷が今夏、弱気の虫を克服し、自分の新たな可能性を見出す出来事があった。実は、青年海外協力隊の柔道隊員としてアフリカ・ザンビア共和国に派遣されていた仲元コーチの計らいで、今年8月には半谷も現地へ渡り、9日間の武者修行に励んだのだという。乱取り稽古の相手は、ザンビア人の一般男子の選手たち。そこで彼らのパワー柔道に耐えてチャンスを狙う感覚を養った。

 半谷は、貴重な経験をこう振り返る。

「ザンビアには視覚障がいの選手はいませんでしたが、力任せにやるところが似ていると思いました。私の柔道はずっと力を入れっぱなしだったんですが、今回、その抜きどころがわかったし、乱取り稽古で全部勝てたのが自信になりました」

 仲元コーチも、半谷の変化を実感しているという。「あのカルメンにも、もう勝てると思えるところまできました。私の感覚なんですが、彼女は一番面白い柔道をすると思っているんです。もっと変化できるし、何かやらかしそう、と感じる。ザンビアに行ったのも、半谷には、とにかくいろんな経験を積んで殻を破ってほしかったから。私自身は言葉が通じない現地の人にどう柔道を教えたらよいのかを探る毎日だったけれど、見えない半谷に教えるという点では似ていると思いましたし、行ってよかったと思いますね」と話す。

 今の半谷にとって柔道を続ける上での原動力になっているのが、この仲元コーチの存在だ。「これまで自分はダメだと思っていたことを、コーチは『そんなに悪くない、やればできる』と言って、上に引き上げてくれる。本当は強くないけれど、いい意味で勘違いを重ねていけるんです。そのおかげで、強い気持ちで試合場に入れるようになりました」

 最近では出稽古で大学生に勝てるようになり、前述の10月のワールドカップでも世界大会では自身初となる銅メダルを獲得している。ただ、確実に成長を遂げる半谷だが、世界の壁はまだまだ高い。今回の全日本ではカルメンのほか、韓国のオ・ヨンジュに大内刈りと寝技を取られて敗れた。仲元コーチによると、この選手は弱視で、もともと健常の世界大会に出ていた選手だといい、たしかに試合では、組んで始める視覚障害者柔道では少ない、距離を保った組み手から相手の懐に飛び込む柔道を展開していた。半谷も「これから彼女のように健常者に近い柔道をする人が増えてくるので、しっかり対策をしないと」と警戒する。

 半谷は、初めて出場したパラリンピックはロンドン大会で、成績は7位(女子52kg級)。その前の北京大会は、出場内定を受けたが、のちにIBSAの障がい者認定を受けていないという理由で取り消された。昨年のリオパラリンピックは第一補欠だったが、ロシアの国家ぐるみのドーピング問題で大会2週間前に繰り上げ出場が決まり、わずかな調整期間ながら、5位入賞を果たした。

 半谷にとって何かとハプニングが多いパラリンピックだが、今、東京への思いにブレはない。仲元コーチが「巧い柔道家ではなく、強い柔道家になれ」と言うように、追求するのは「確実に一本を取る柔道」だ。そのゴールに向け、今後はパワーの礎(いしずえ)となる下半身と体幹の強化に励み、一般の大会にも積極的にエントリーする予定だ。

「柔道家として、世界に挑戦できることがすごくうれしいです。東京パラリンピックで表彰台に乗り、そのメダルを持ってザンビアのみんなに会いに行く。それが今の目標です」

 仲元コーチと二人三脚で歩みを進める半谷。これからの彼女の柔道に、注目していきたい。


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