イタリア・ローマで開催されている「BNL イタリア国際」(ATP1000/5月8~15日/賞金総額374万8925ユーロ/クレーコート)は14日、男子シングルス準決勝が行われ、第6シードの錦織圭(日清食品/6位)が第1シードの…

 イタリア・ローマで開催されている「BNL イタリア国際」(ATP1000/5月8~15日/賞金総額374万8925ユーロ/クレーコート)は14日、男子シングルス準決勝が行われ、第6シードの錦織圭(日清食品/6位)が第1シードのノバク・ジョコビッチ(セルビア/1位)に6-2 4-6 6-7(5)のフルセットの接戦の末に敗れ、決勝進出はならなかった。  ジョコビッチは15日に行われる決勝で、第2シードのアンディ・マレー(イギリス)と対戦する。マレーは準決勝で、ラッキールーザーから勝ち上がったルカ・プイユ(フランス)を6-2 6-1で下しての勝ち上がり。ジョコビッチとマレーは前週のマドリッドの大会に続き、2週連続で決勝を戦い、通算で33度目の顔合わせとなる。対戦成績はジョコビッチの23勝9敗。

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 3時間を超える死闘は、第3セットのタイブレーク5-7という、錦織とって残酷な形で幕を閉じた。第1セットでは、錦織が攻撃的であると同時に、ミスを極限にまで減らしたプレーで圧倒し、第2セットでは、ジョコビッチが王者らしい、力強く安定したテニスを取り戻した。そして第3セットでは、錦織が1-4からの挽回で会場を沸かせ、勝負はタイブレークにゆだねられた。

 考えられる限りの山場に溢れた準決勝のあと、錦織は「本当に残念だ。違いはわずかだった。すごくがっかりしている」と、心痛を吐露した。

 「第1セットではとてもアグレッシブにプレーし、本当にいいテニスをしていたと思う。でも第2セットでは、相手も徐々にいいプレーをし始め、ミスをしなくなってきたために、少し自分が引いてしまったところもある。彼がプレーのレベルを上げ始めたのも事実ではあるが、もし1セット目のテニスをずっと続けられていたら、勝つチャンスはよりあったはず。第3セットのタイブレークでは、多くのアンフォーストエラーをおかしすぎてしまった。3-3から3本連続で…(実際には3-2から、バックハンドアウト、ダブルフォールト、フォアリターンネット、バックハンドアウトで4連続失点)、それが今日やった最大の過ちだ」と錦織は、悔しさをにじませた。  第1セットの錦織は、アグレッシブな姿勢を貫いただけでなく、重要なポイントを、手間取ることなくつかむ集中力を見せた。例えば第1セットで最初にジョコビッチのサービスをブレークしたゲームで、錦織は、ジョコビッチのネットミスで得たブレークポイントを、強打とドロップショットのコンビネーションにより、一発でものにしている。ジョコビッチはその様子を「完璧な」という言葉で表現した。  「彼は本当にアグレッシブだった。最初の瞬間から、自分のゲームプランが何なのかを知っている、というところを示していたよ。彼はボールを厳しいコースに打ち込み、リターンで攻撃的にいく、という決意を持ってコートに入ってきたんだ。彼の第1セットは、まさに完璧だった」とジョコビッチは言う。  「その後、今度は僕が突破口を開いた。それから終わりまでは、かなりイーブンだったよ。今日のケイは、マドリッドのときと比べ、グラウンドストロークのミスがより少なく、安定していたと思う。でも彼は“いつも通り”アグレッシブだった。第1セットの彼は欠点がなく、僕はほぼ何もできなかった」  しかし第1セットの精度の高い攻撃性に負けず劣らず印象的だったのが、もはや流れはジョコビッチにいったかに見えた第3セットに起きた、挽回劇だった。 「信じられないようなことがいま起きている。錦織は死んじゃいない!」  ニシコリ・ノン・ムォーレ(錦織は死なない)。イタリア人記者が、電話を片手に興奮した口調でこう言う声が響く。それは第3セットでジョコビッチが4-1とリードし、もう終わると考えた記者たちがちらほらと席を立った数分後のことだった。

 錦織は戦っていた。3度のデュースを経て、一度はブレークポイントを握られた第6ゲームを取り、次のジョコビッチのサービスゲームでも、1ポイント1ポイントに食らいつき続けた。そして、その引かない姿勢に押され、ほぼ完璧だったジョコビッチの調子が、少しずつ揺らぎ始める。  錦織が挽回を信じて戦っていることは明らかであり、プレッシャー下に置かれたジョコビッチはうめき声を上げながら抵抗していた。錦織がストロークで振って前に出ると、ジョコビッチがパスをネットにかける。ラリーの末にふたたびジョコビッチがミスし、錦織がブレークバックして3-4、次のサービスをキープして4-4と追いついたとき、客席からは錦織コールが沸き上がった。

 「特に何かを考えていたわけではない。ただ諦めず、1ポイントずつプレーしようと思ってやっていた」と錦織は言う。一方のジョコビッチは「5-1とするためのブレークポイントもあったし、よりうまく対処できた好機もあったかもしれない。しかし、真のトッププレーヤーらしく、重要なポイントで勇気をもって攻撃的にプレーし、戦ったことについては、彼を褒めるべきだ」と話した。

 ここから6-6までは、この形勢逆転の流れを抑え込もうとするジョコビッチと、その圧力を押し返さんとする錦織の、がっぷり四つの戦いとなる。そして、もつれ込んだ第3セットのタイブレークで、錦織は3-2からバックハンドのミスをおかし、痛恨のダブルフォールトと、フォアハンドのリターンミス、バックハンドのアウトがそれに続いた。

 これについて錦織は、「勝ちを意識し始めるポイントでもあるので、硬くなったのもあると思う。でもタイブレークが始まる前に、守ってやられてしまうよりは、ミスしてもなるべく攻めよう、という気持ちでいた」と言う。その上で、「それが出過ぎてしまったのか、ああいう大事な場面で、もうちょっとしぶとくプレーするべきだったかなと思う」と反省の念も滲ませた。

ノバク・ジョコビッチ

 「信じられないほど質の高い試合だった。対(ラファエル・)ナダルの試合以上だった」と言ったジョコビッチは、また、勝利と敗戦を分けるものについて、「これは経験にもよることだ。似たような状況、感情などをすでに経験していれば、こういう瞬間に、そのときに得た知識を使うことができる」と言う。それから「自分にできる唯一のことは、コート上の自分の能力と集中力に影響を与えることだ。そのあとは神の手にゆだねる。これが僕のアプローチだ」と続けた。

 一方、今日違いを生んだのは何かと聞かれたジョコビッチは、「1ポイントの差だ」と返した。この日刻まれた全223ポイントのうち、ジョコビッチの獲得ポイントが112、錦織のそれが111。「統計を見たが、僕の獲得ポイントは圭のそれより1ポイント多いだけだった。そしてこのことが、これがどんな試合だったか、いかにそれが拮抗していたかについて物語っている」とジョコビッチは言う。

 「この試合は、どのようにして試合の行方が決まるのかはわからない、のいい例だ。勝負を分けるはわずかな瞬間、数本のショット、あるいは運なのかもしれない」

 マドリッドでのジョコビッチとの対戦のあと、少しずつ近づいている気がする、とつぶやいた錦織は今、「先週に一番(勝つ)可能性があったと思ったが、今日は先週よりさらに可能性があった。悔やまれるポイントがあるので、今、この瞬間にはそうポジティブにはなれないが、さらに近い(競った)試合ができたので、もうちょっとかもしれない」と言った。

 錦織は、この日、前への大きな一歩を踏んだ。そして次の機会には、結果は違ったものになるかもしれない。

(テニスマガジン/ライター◎木村かや子、構成◎編集部)