昨年12月14日に大阪・二色の浜公園で行われた「第31回全日本自転車競技選手権大会 シクロクロス」男子エリートで、織田…
昨年12月14日に大阪・二色の浜公園で行われた「第31回全日本自転車競技選手権大会 シクロクロス」男子エリートで、織田聖(27)=弱虫ペダルサイクリングチーム、愛三工業レーシングチーム=が見事に4連覇を達成した。充実のシーズンを終えたシクロクロスの国内チャンピオンは、新シーズンが開幕したロードレースでも快進撃を目指す。今回、スポーツ報知のインタビューに応じ、今後の目標などを語った。(協力・日本自転車競技連盟)
―今シーズンは国内レースで圧倒的な強さを見せた。振り返っての評価は?
「国際基準のポイントが取れるUCI(国際自転車競技連合)レースを全部優勝できて、そのポイントを持って海外に遠征できたことはよかった。また、全日本選手権は、国内で目標にしているレース。しっかりとタイトルを取れたことはよかった」
―その全日本選手権では、2周目で先頭に立つと徐々にリードを広げて中盤以降は独走。まさに圧巻だった。改めて勝利の感想を。
「うれしいというよりホッとしている方が大きい。5連覇した竹之内悠さんや9連覇した辻浦圭一さんに、少し近づけたかなという気持ちもある」
―強い海風と重い砂浜。過酷な条件を制した要因は?
「海外遠征をしていることで、他の選手に比べてレースの経験が多い。だから、いろいろなコンディションに対応する能力は高いと思う。それが今回は生きたのかな」
―人気漫画「弱虫ペダル」の作者で、所属する弱虫ペダルサイクリングチームの監督でもある渡辺航さんが見守る中での優勝。特別な思いは?
「渡辺先生は、お仕事などでずっと試合会場に来られなかったので、目の前で全日本タイトルを取ったのは初めて。うれしかった」
―昨年12月下旬から約3週間、海外に遠征。オランダを拠点にヨーロッパで7レースを転戦し、3度のフルラップ完走を果たした。手応えを感じた部分は?
「レベルが高い海外のレースでコンスタントに完走できて、自分の成長を感じた。トップスターのマチュー・ファン・デル・プール(オランダ)らと一緒のレースでも先頭との差が以前より縮まり、競技力が上がっていることを実感できた」
―ロードレースの方では、今季から所属する愛三工業レーシングチームでの最初の活動として1月下旬に1週間、沖縄・石垣島で合宿を行った。実りはあった?
「初めて会ったチームメートと一緒に練習をして、チームになじむという意味でもいいトレーニングになった」
―そもそも、所属チームを変えた理由は?
「ロードレースでも海外のレースに出場したい。『UCIアジアツアーでのNO1を目指す』という愛三工業レーシングチームの目標に共感して、新しい所属先に選んだ」
―アジア、そしてヨーロッパで好成績を残すためにはシクロクロスとロードレース、それぞれで何が必要?
「どちらでも言えることはパワーをつけること。今のままではレースに出られても、いい成績を上げることは不可能だと思っている。また、ロードレースでは戦術をもっと極めないといけないし、シクロクロスではパワーを生かした走り方が必要。パワーが付いて、今より上のスピードレンジで走れるようになったときに、どれだけテクニックを応用していけるか。それが今後の課題」
―昨年10月のツール・ド・九州では山岳賞を獲得。シクロクロスとロードレースの「二刀流」に取り組んでいる相乗効果が発揮された?
「相乗効果はとても感じる。1年間ずっと(どちらかの)シーズンが続くのでコンディショニングをうまく合わせられた面があるし、シクロクロスで培ったダッシュ力を生かせたと思う」
―オフがない中での体調管理で気をつけることは?
「ずっとベストコンディションを保つことは難しいので、ここで休むしかないというときは、ちゃんと休む。食事でも時期に合わせて食べるものと食べないものを決めている」
―シクロクロスはハードな競技。つらくてやめようと思ったことは?
「泥まみれになったレースの翌日は、洗濯が大変だし自転車は壊れるし、やめたいと思う。でも、一晩たったらまた自転車に乗りたくなる。自転車が好きだから、辞めることはないだろうと思う」
―織田選手にとってのシクロクロスの魅力とは?
「選手として言えば、テクニックがロードに生かせることと、ロードとシーズンが重ならないので両立しやすいこと。観客としては、選手との距離が近いので応援がしやすいこと」
―地元の埼玉県松伏町で開催する「松伏シクロクロス」では運営にも携わっている。勉強になる面は?
「どれだけの人がレースに関わっているのかを知って、選手として感謝の気持ちが増した」
―シクロクロスの知名度を上げるために、織田選手ができることは?
「裾野を広げるという意味で、母校(金杉小)での講演でレースの告知をしたり、PR大使を務めている松伏町の広報紙に取り上げてもらったりしている。実際に小学生がレース(松伏シクロクロス)を見に来てくれたりしているので、貢献できているのかな。今後は中学生や高校生といったジュニア世代の育成もできたらいいなと思う」
―シクロクロスで織田選手が目指している理想の選手像とは?
「日本で一番強い人間になりたい。『シクロクロスといえば織田聖』と言われるような存在になりたい」
―織田選手の強みは?
「粘りだと思う。精神的な部分でも脚質でも。上りが得意な選手ではないけど、『粘っていれば下りがやってくる』と思って走れるところは強み」
―今年の目標は?
「シクロクロスとロード、両方で全日本選手権のタイトルを取ること。男子ではダブルでタイトルを取った選手はいないと思うので、やりたい」
―将来的な目標、選手としてかなえたい夢は?
「ロードでは海外のチームに所属して海外のレースで走りたい。シクロクロスに関しては、世界選手権でトップ20に入れるような選手になりたい。35番だったことがあるので(2023年、オランダ・ホーヘルハイデ)、現実的に可能だと思っている」
◆織田 聖(おだ・ひじり)1998年11月23日、埼玉県松伏町出身。27歳。4歳でBMXに乗り始め、中学生の頃から本格的にシクロクロス競技をスタート。国内最高峰の全日本選手権では2015年にジュニアクラスで優勝し、17、19年にはU23カテゴリーを制覇。さらに昨年12月にはエリートクラスでの4連覇を達成した。シクロクロスは弱虫ペダルサイクリングチーム、ロードレースでは愛三工業レーシングチームに所属。177センチ、68キロ。血液型A。
◆シクロクロス 激しい坂、林間、砂場など変化に富んだコースを周回する競技。自転車を担いで走る場所があるほどの過酷さが、他の自転車競技とは大きく異なる。男子は1時間、女子は40分が競技時間の目安。元々はヨーロッパでロードレースのオフトレーニングとして生まれ、冬季に行われることが多い。近年、そのアトラクション性が国内でも人気を呼んでいる。