◆ミラノ・コルティナ五輪▽ノルディックスキー・複合(19日、イタリア・プレダッツォ、テーゼロ) 【バルディフィエメ(イタ…
◆ミラノ・コルティナ五輪▽ノルディックスキー・複合(19日、イタリア・プレダッツォ、テーゼロ)
【バルディフィエメ(イタリア)19日=松末守司】団体スプリントが行われ、五輪ラストランの渡部暁斗(北野建設)、山本涼太(長野日野自動車)で臨んだ日本は6位となり、今季限りでの引退を表明している渡部は最後の五輪で有終の美を飾れなかった。
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今大会から4人制から2人制に変わり、初実施された新種目。前半飛躍(ヒルサイズ=HS141メートル)で3位につけたが、2人交互に1・5キロを5周する後半距離(7・5キロ×2)で順位を落とした。
イタリア入り後、カギを握るジャンプの調子が上がらず、初戦の個人ノーマルヒルで11位、個人ラージヒルは19位と不本意な結果に終わった。五輪最終戦に向け「全力で頑張る」と話したが、奇跡を起こすことはできなかった。
6大会連続の五輪は、自身最後の夢舞台だった。昨年10月の会見で現役引退を表明。昨季24~25年シーズンの途中、古典の「徒然草」の現代語訳を手にする機会があり「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」という一節に自分の競技人生を重ね、ラストシーズンを強い覚悟を持ってスタートさせた。6度目の五輪を終え「苦しい4年間で、やる意味あったのかなってぐらいの4年間だったが自分が苦しむ姿を最後見て、自分が何もなくなるまで戦い続けること、自分と向き合いながら続けることができて、最後、いい五輪だったかなと思います」と振り返った。改めて競技人生については「自分でも長くやっていて何がやりたかったのがわからないぐらいなんですけど、道なき道をかきわけてここまできて、それが面白かったですし、極められた気がしていなくて、道半ばで諦める形だが、すごくいい人生だったなと思ってます」と充実感をにじました。「桜が咲いたか」と問われると「桜、咲いてましたね。ここにきて季節外れの桜は咲かせられなかったが、本当に最後の花びら1枚が散っていくまで、皆さんに見ていただけた。これが道しるべになってくれたら本望です」と、後進へのメッセージを残した。
集大成へ、最後までファイティングポーズで挑み続けた。今夏には、骨格レベルで動きの感覚を確かめ進化を求めてきた。「いつも骨格標本をみている。20年ぐらいかけて、かなり大きい力が出せるっていうところまで体が理解できてきた」と手応えを口にしていた。
競技への思いを背負って挑んだ大会でもある。複合は五輪存続の危機にあり、30年の冬季五輪での実施は不透明。SNSなどで競技の魅力、思いを発信し続けた。
今後はW杯を再び転戦する。最後まで自分と向き合ってきた求道者が、コンビを組んだ山本涼太にバトンを渡し、五輪に別れを告げた。
◆渡部 暁斗(わたべ・あきと) 1988年5月26日、長野・白馬村生まれ。37歳。小4でジャンプを始め、複合は中学から。ノルディックスキー複合のエースとして冬季五輪に6大会連続出場し、個人で銀2個(14年ソチ大会ノーマルヒル、18年平昌大会ノーマルヒル)と銅1個(22年北京大会ラージヒル)、団体でも銅1個(22年北京大会)。173センチ、61キロ。