◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード(18日・リビーニョ・スノーパーク) 【リビーニョ(イタリア)18日=宮下京香】…

◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード(18日・リビーニョ・スノーパーク)

 【リビーニョ(イタリア)18日=宮下京香】男子スロープスタイル(SS)決勝が行われ、7日のビッグエア(BA)で銀メダルを獲得した木俣椋真(ヤマゼン)は72・80点で11位。2種目での表彰台を狙ったが、あと一歩届かなかった。最終滑走の最後のジャンプ台で着地を決められなかった。

 心境を問われ「ただただ、悔しいですね。一番自信があるところでこけたので。悔しい~!」と振り返った。逆転を狙った3回目は「全部決めたら行けるなって思っていたので、行っただろうって思いましたが、詰めが甘かったですね」と話した。

 木俣がスノーボードを始めたきっかけは父・慎也さん(46)だった。木俣が3歳の時、慎也さんと訪れた岐阜・郡上市のスキー場「ダイナランド」が初めての雪山。11月で雪は多くなかったが1台だけ動いていたリフトに興味を持った。初めは父に抱っこされて滑り降りていたスノーボード。いつしか、本気で世界を目指すまでに成長した。

 前回の22年北京五輪は、あと一歩で代表入りならず。悔しさを糧に4年間を過ごした。23年世界選手権のSSで日本男子初の表彰台となる2位に入り、25年世界選手権BAで悲願の金メダル。最終3本目に圧倒的な滑りを見せ、世界一に輝いた。

 ついにつかんだ夢舞台。「一生に一度あるかないかという舞台。とにかく楽しみたい」と胸を高鳴らせていた。2種目でのメダルには届かなかったが、木俣の攻め続ける姿勢は、確実にスノボ界に歴史を刻んだ。

 ◇木俣 椋真(きまた・りょうま)2002年7月24日、愛知・名古屋市生まれ。23歳。

 ▽競技歴 父の影響で3歳からスノーボードを始め、20年ユース五輪のBAで優勝。同年のW杯(米国)で2位に入るなど活躍。けがに苦しみ、その後2年間は大会でふるわなかったが、23年世界選手権SSで日本男子初メダルとなる2位に入り、25年世界選手権BAで金メダルを獲得した。

 ▽競技前のルーチン 大きく深呼吸。

 ▽クールな性格 父・慎也さん(46)は「あまり表に感情を出すタイプではない。勝ったときも、喜びの表現がうまくできていないというか…」と笑う。

 ▽快進撃位の支え 中2から、愛知・尾張旭市のチロル整体院、院長・宮島章さんにサポートを受ける。「大腰筋と体の回旋はとてつもない。(足の形は)変形もなく、これまで見てきた中で一番いい」。