◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽フィギュアスケート (16日、ミラノ・アイススケートアリーナ) 【ミラノ(イタリア)16日=…
◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽フィギュアスケート (16日、ミラノ・アイススケートアリーナ)
【ミラノ(イタリア)16日=大谷翔太】ペアのフリーが行われ、世界チャンピオンの三浦璃来、木原龍一(木下グループ)組が、ショートプログラム(SP)5位から大逆転優勝を果たした。フィギュア日本勢の金メダルは、2006年トリノ五輪の荒川静香、2014年ソチ、18年平昌五輪で2連覇の羽生結弦以来。ペアでの優勝は、日本史上初の快挙となった。33歳の木原は日本冬季五輪最年長金メダリストになった。
得点は自己ベスト(155・55点)を更新し、さらに157・46点の世界最高得点を塗り替える158・13点をマーク。合計231・24点をたたきだした。
会心の演技を終えると涙を流して、約20秒のハグ。キス&クライで得点が出ると、三浦は今回はこけずに「ギャーっ」と叫んで立ち上がり、木原はガッツポーズ、その後、コーチと3人で抱き合った。金メダルが決まる瞬間まで手を取り合って、その瞬間を待った。最後のドイツのペアが3位となり、史上初快挙が決まると、三浦は目の焦点が合わず、木原は男泣き。正座し、膝をつき合わせてうれし泣きした。三浦は木原に「今日マジで泣いてばっかじゃん」と言い、笑った。
リフトでの痛恨のミスが響きSPで出遅れた「りくりゅう」は、現行の採点制度となったトリノ以降史上最大の逆転劇で五輪チャンピオンとなった。SP1位のドイツペアとは、6・90点差でフリーへ。2018年平昌五輪で、ドイツペアがひっくり返した5・80点差を上回って金メダルを奪還した。22年北京五輪は、日本勢過去最高の7位入賞。「りくりゅう」として2度目の挑戦で初表彰台を飛び越え、一気に頂点まで上り詰めた。
2人の出会いは2019年7月。トライアウトで出会い、木原が三浦を真上に上げる技を初めて実施した瞬間に「雷が落ちた」。2014年ソチ、18年平昌五輪では異なるペアを組みフリーに進めず涙をのんでいた木原は、三浦との相性の良さを瞬時に把握。カナダを拠点に置き、ペアの名将ブルーノ・マルコット氏に師事しトレーニングを積んだ。「りくりゅう」の才能は開花。21年9月、オータム・クラシックで国際大会初優勝すると、一気に世界の仲間入りを果たす。
北京五輪シーズンは、日本勢で10季ぶりにグランプリファイナルに進出(コロナ禍で中止)。北京五輪は日本の団体銀メダルに貢献すると、個人でも日本勢初入賞の7位となった。そしてさらなる飛躍は次シーズン。GPシリーズ2連勝、GPファイナル制覇と日本勢初の快挙を次々に成し遂げると、四大陸選手権、世界選手権でもV。同一シーズンで主要国際大会を全制覇する「グランドスラム」を、全種目通じて初めて達成した。
かつては日の目をみなかったカップル競技。4大会連続出場の木原、そして「りくりゅう」の活躍で今や日本の強みの一つとなった。今大会も、団体ではSP、フリーともに世界歴代3位のスコアで1位を獲得し、日本の銀メダル獲得へ殊勲の活躍。ミラノ五輪では長岡柚奈、森口澄士(木下アカデミー)組と史上初めて複数での五輪出場を果たしており、世界をリードする日本のベンチマークとして「りくりゅう」に新たな栄冠が加わった。
◆木原 龍一(きはら・りゅういち)1992年8月22日、愛知県生まれ。33歳。中京大卒。4歳からスケートを始め、シングルで11年世界ジュニア男子代表。13―14年シーズンからペア転向。五輪は高橋成美と組んで14年ソチ、須崎海羽と18年平昌、三浦璃来と22年北京に出場。174センチ。
◆三浦 璃来(みうら・りく)2001年12月17日、兵庫県生まれ。24歳。大阪・向陽台高から中京大卒。スケートは5歳から。15―16年シーズンからペアに転向し、市橋翔哉と組む。19年8月に木原龍一と新ペアを結成。幼少期に空手経験があり、得意技は回し蹴り。146センチ。