馬トク報知では、今年から過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】がスタート。今回は1999年のフェブラリーSを取…
馬トク報知では、今年から過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】がスタート。今回は1999年のフェブラリーSを取り上げる。メイセイオペラ(菅原勲)が、史上初の地方馬による中央G1制覇を達成した。
残り300メートル。3本の脚に白いソックスを履いたような派手な栗毛が、スルスルと先頭に立った。メイセイオペラだ。あとは我が物顔で馬場の真ん中を一直線。選び抜かれた中央の15頭を全く寄せつけず、2馬身差をつける快走に、府中の杜は歓喜の声に包まれた。
「イサオ!イサオ!」マンモススタンドを埋めた10万観衆の温かい声援と手拍子が、みちのく・岩手からやってきた勝者を迎えた。「思い通りのレースができた。手応えはあったけど、中央の馬は強い。ゴールまで頑張れと祈っていた。すごい声援が最高にうれしかった」。中央競馬で初めて地方馬のG1優勝に導いた菅原勲の目には、うっすらと涙がにじんでいた。
地元・岩手で2000勝を挙げた名手は、自信を持ってビッグタイトルに臨んだ。「(レース前日の)30日の前売りでは1番人気。最後まで1番人気ならいいなって。前日から騎乗できたので、コースも体験できた。長い直線もあせることはなかった」。この日は、6Rでも12番人気のハマクイーンで1着。8万円を超す大波乱を演出した。
開業8年目の佐々木修一調教師も感無量の面持ち。「直線で先頭に立ったときは我を忘れた。ノドが枯れて声が出ない」。前年の98年1月の川崎記念は、関東の水が合わず4着に敗れた。苦い経験を生かし、今回は地元の水を持参して臨んだ一戦だった。
日本一になったメイセイオペラ。だが、その道のりは険しかった。3歳秋には馬房で暴れ、頭蓋骨を骨折。あと1センチずれていたら、この世にいなかったかもしれない大ケガだった。佐々木調教師はしみじみとこう言った。「精神力には本当に頭が下がる。このあとはゆっくり休ませて、5月から始動したい」。岩手の宝から日本の至宝へ。名声ともに押しも押されもせぬ全国区の顔になった。
菅原勲とのコンビで他にも98年南部杯、帝王賞でG1を勝ったメイセイオペラは通算35戦23勝。引退後は種牡馬となり、06年には韓国に渡った。16年7月1日、種牡馬としてけい養されていた韓国で、心不全のため22歳で天国へ旅立った。