◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード(12日・リビーニョ・スノーパーク) 【リビーニョ(イタリア)12日=宮下京香】…
◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード(12日・リビーニョ・スノーパーク)
【リビーニョ(イタリア)12日=宮下京香】女子決勝で、小野光希(21)=バートン=が85・00点で3位に入り、日本勢2大会連続の銅メダルを獲得した。9位だった22年北京大会から2度目の五輪で悲願を成就し、今大会の日本勢のメダル獲得数を10個目の大台に乗せた。ともに16歳の清水さらが4位、工藤璃星(ともにTOKIOインカラミ)が5位。前回銅メダルの冨田せな(26)=宇佐美SC=は9位。17歳の崔ガオンが3回目に90・25点をマークして逆転し、スキー、スノーボードの韓国勢として初の金メダル。3連覇を目指したクロイ・キム(25)=米国=は88・00点で銀メダル。
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後に滑った清水の得点を上回ることが確定し、小野の銅メダルが決まった。待機場所でしゃがみ込むと歓喜の涙があふれ出た。
「競技を始めてから一番うれしい。諦めずにやってきて本当に良かった」
重さ490グラムの銅メダルを両手で大事そうにして持つとしばし見つめた。
「取りたい、取りたいと思ってきたが、目の前にすると夢を見ている感じ。(触って)メダルを取れたとようやく実感が湧いた」
不屈の精神でカムバックを遂げた。11日の予選は11位で12人による決勝に薄氷の通過。不安に襲われたが、村上大輔テクニカルコーチ(42)らに「光希の滑りを」と励まされ、開き直った。85・00点を出した1本目のルーチンで、3発目に3回転する「フロントサイド1080」に成功。実は決勝前の練習を見た同コーチらから半回転、難度を下げる提案をされたが、小野は「100か0で行く」と自分を信じて跳んだ。
五輪の借りを五輪で返した。17歳で最年少メダルが期待された前回北京五輪は予選2位通過。しかし決勝は重圧から逆スタンスの横3回転技を失敗し9位。決勝後、バスの中で母・静恵さんに電話で泣きながら伝えた。「自分の滑りができなかった。こんな思いは二度としたくない」。大舞台で決める強さを求め続け、23―24年シーズンのW杯で種目別V。世界選手権で2度銅をつかんだ。
ここ2年はともに16歳の清水、工藤ら、さらに若い世代の突き上げもあり「精神的に崩れ、泣くこともあった」と同コーチ。それでも1月にW杯を制した構成の難度をさらに上げ、完璧に決めた。「ここまで辞めないで頑張ってきて良かった。4年前の悔しさをバネに変え、W杯の優勝より内容も詰まっている。五輪は特別なもの」。小学校の文集に書いた夢舞台でメダリストになった。
22年春、早大に進学。学業と両立し活動する。海外遠征が多く、トップ選手ではいばらの道を歩んだ。シーズン中は遠征先で夜深くまで課題に励んだ努力家は「4年で卒業する」と今春卒業の見通し。英語学習にも貪欲で、メダル会見では海外メディアからの質問は全て流ちょうな英語で答え、感心を集めた。
5歳の時に10年バンクーバー五輪で金メダルに輝いたトーラ・ブライト(オーストリア)に憧れ、競技に本腰を入れた21歳。「2、3本目攻めてこけた。まだ伸びしろがある。次も頑張りたい」。4年後にメダルの色を変えるべく、さらに強くなって帰ってくる。