新春の箱根路で輝いた佐藤有一は、熱い思いを持って早春の青梅路に臨む。 青梅市に隣接する八王子市出身。市民ランナーの祖父…

 新春の箱根路で輝いた佐藤有一は、熱い思いを持って早春の青梅路に臨む。

 青梅市に隣接する八王子市出身。市民ランナーの祖父・勝之さん、父・貢一さんは青梅マラソン出場の常連だったため、小学生の頃から会場まで応援に来ていた。「数え切れないほど多くの人が走っていて、お祭りみたいですよね。楽しい思い出です。僕も大きくなったら青梅マラソンを走ろう、と思いました」と笑顔で振り返る。

 拓大一高1年時には青梅マラソン高校男子10キロに出場した。同種目の歴代優勝者には、嶋津雄大(東京・若葉総合高―創価大―GMOインターネットグループ)ら、その後、大成した選手が名を連ね「箱根駅伝の登竜門」と呼ばれている。1年時はまだ力不足で練習の一環として出場し、127位に終わった佐藤有は「2、3年の時は優勝を狙うつもりでした」と話すが、その2年間はコロナ禍のため、中止となった。

 「高校2、3年時は青梅マラソンがなくて、とても残念でした。あの時の分も今回は走ります。嶋津さんも出場するんですよね。残り5キロまでは先頭集団に食らいついて1時間31分を切りたい」と初のメイン種目30キロへ意欲満々に話す。「シン・山の神」黒田朝日(4年)ら青学大の同期生は現在、四国地方で自動車免許取得の合宿中。楽しい日々を過ごしている。「僕もみんなと一緒に免許合宿に行くことを考えましたけど、やっぱり、青梅マラソンを優先しました」と今大会への思いを明かす。

 佐藤有は、箱根路の王者、青学大の強さを象徴する選手だ。3年時まで箱根駅伝に一度も出場できなくても、泥臭く走り込みを重ねて、4年目に大輪を花を咲かせる。青学大では池田生成(17年9区2位)、吉田祐也(20年4区区間賞)、倉本玄太(24年9区区間賞)ら最初で最後の晴れ舞台で活躍する選手が多い。

 原晋監督(58)の起用方針の基本は「同じ実力なら下級生よりも4年生を使う」。翌年以降を見据えて「同じ実力なら4年生より下級生を使う」という監督が多い中、原監督の方針は徹底している。「4年間、走り込んできた選手は信頼できる」ときっぱり話す。「チャラいは褒め言葉」が原監督の口癖。テレビのバラエティー番組に多く出演するなど、大学駅伝チームとしては異例の存在感を放つが、普段の生活は地味で愚直だ。

 箱根駅伝5区で驚異的な区間新記録をマークして「シン・山の神」となった黒田朝日のような選手は何十年に一度しか現れないが、4年目にいぶし銀の活躍をする選手は継続的に現れる。それが青学大の強さの大きな理由だ。4年目にして箱根駅伝初出場の佐藤有が復路の重要区間の9区で中大のエース吉居駿恭(4年)らを相手に堂々と走り、区間賞を獲得。「4年目まで苦しんでも最後は箱根駅伝で活躍して優勝メンバーになる先輩がたくさんいた。僕もそうなりたかった」と佐藤有は感慨深く語る。

 青梅マラソン当日には父・貢一さんら家族が応援に来る予定。ただ、子供の頃、家の近所を一緒に走ってくれた祖父の勝之さんは2年前に81歳で亡くなった。「青梅マラソンが大好きだった祖父のためにも、いい走りをしたいです」と佐藤有は言葉に力を込める。

 佐藤有にとって、青梅マラソンは大切な大会であり、ランニングの原点もある。箱根路に続いて「故郷」で快走を期す。(竹内 達朗)