◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽フィギュアスケート 団体戦(8日、ミラノ・アイススケートアリーナ) 団体で、日本は2大会連続…

◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽フィギュアスケート 団体戦(8日、ミラノ・アイススケートアリーナ)

 団体で、日本は2大会連続となる銀メダルを獲得した。ライバルの米国に1点及ばず、初の金メダル獲得はならず。それでも最終日のフリーは、ペアで三浦璃来(りく、24)、木原龍一(33)組=木下グループ=、女子で坂本花織(25)=シスメックス=が1位に輝いた。男子の佐藤駿(22)=エームサービス・明大=が2位と奮闘。個人戦で、過去最多22年北京五輪の3個を上回るメダルラッシュに期待がかかる。

 得点を見た三浦は、キスアンドクライの椅子から転げ落ちた。団体最終日のトップバッターを務めたフリー。たたき出した155・55点は、世界歴代3位の高得点だ。自己記録を7点以上更新。冬季五輪日本女子最年少で2大会連続メダルを手にした三浦は「150点に乗るとは思っていなかった」と素直に語った。

 フリーは古代ローマを舞台にした映画「グラディエーター」。壮大な音楽に負けないスピードとスケール感ある滑りで、力強いリフトを披露。3連続ジャンプでやや乱れがあったものの、現地イタリアのファンに「りくりゅう」の滑りを見せつけた。「団体戦は僕たちにとってすごく大切で、やっぱり120%の力を出し切りたいという、そういう気持ちを持っていた」と木原。個人戦を控えても、同じく歴代3位をマークしたSPから全力で戦った。

 昨年12月の全日本選手権で、三浦はSP直前に左肩を脱臼。フリーを棄権した。状態が懸念される中だったが、日本連盟は団体金メダル獲得のため、得点源となる「りくりゅう」にSP、フリー2種目への出場を打診した。当初は「非常に厳しい中だった」と竹内洋輔強化部長(46)。それでも話し合いを重ね、出した決断は「(北京五輪のメダルが授与された24年)パリ(五輪)での表彰式以降に、彼らの中で金を取るという誓いを果たすということも含めて、最終的に出てくれるというところから、まず木原選手たちが決まった」。相応の覚悟を持ち、ミラノの氷上に立っていた。

 銀メダル獲得に貢献した北京五輪。メダルを目標にしていた「りくりゅう」は、団体戦後のモチベーション維持に苦しんだ。今大会、団体は「トレーニングウィーク」とし、個人戦に向けて気持ちを持続できるよう工夫。2試合をこなし、完璧な予行演習を行った。「今までやってきたことだけを信じて、一つ一つ丁寧に取り組めたので、そこは個人戦に向けて本当に大きな一歩」と木原。日本初のメダルを飛び越え、頂点に挑む。(大谷 翔太)

 ◆日本人最年少五輪2大会連続メダリスト 冬季ではスノーボード男子ハーフパイプで14年ソチ銀&18年平昌銀の平野歩夢の19歳77日。夏季はスケートボード女子パークで21年東京銀、24年パリ銀の開心那の15歳346日。

 ◆三浦 璃来(みうら・りく)2001年12月17日、兵庫県生まれ。24歳。大阪・向陽台高、中京大卒。スケートは5歳から始め、15―16年シーズンからペアに転向して市橋翔哉と組む。19年8月に木原龍一と新ペアを結成。幼少期に空手経験があり、得意技は回し蹴り。146センチ。

 ◆木原 龍一(きはら・りゅういち)1992年8月22日、愛知県生まれ。33歳。中京大卒。4歳からスケートを始め、シングルで11年世界ジュニア代表。13―14年シーズンからペア転向。五輪は高橋成美と組んで14年ソチ、須崎海羽と18年平昌、三浦璃来と22年北京に出場。174センチ。