◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽フィギュアスケート 団体(8日、ミラノ・アイススケートアリーナ) 【ミラノ(イタリア)8日…
◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽フィギュアスケート 団体(8日、ミラノ・アイススケートアリーナ)
【ミラノ(イタリア)8日=大谷翔太】団体最終日がスタート。ペアのフリーが行われ、予選2位の日本は、世界チャンピオンの三浦璃来、木原龍一(木下グループ)組が世界歴代3位の155・55点をマーク。6日のショートプログラム(SP)に続いて1位を獲得し、予選トップの米国に2点差に迫った。逆転金メダルへ「りくりゅう」がバトンをつないだ。
冒頭の高さのあるトリプルツイストから観客を魅了。3回転トウループ―2回転半―2回転半の連続ジャンプ、スロー3回転ルッツなど完成度の高い技と表現で演じ上げた。演技後はガッツポーズを繰り返し、抱き合った。キス・アンド・クライでは、得点が出ると三浦が驚きのあまり、椅子から転げ落ちるハプニングもあった。
三浦は「今季すべての技を得点源にできなかったが、今日やっと全てのエレメンツでプラスをいただいた。150(点)に乗るとは思っていなかった。本当に次の個人戦に向けて大きな一歩」と振り返った。五輪4大会目の木原は「SPよりすごく落ち着いて試合に入れた。2人でチームを組んで2大会目。常に日本の力になることを2人で話してきた。何度もシングルの方に助けられてきたので、今度は僕たちがチームジャパンを助けられるように。そういう強い気持ちをもって今回も臨んでいる」と力強かった。
大会初日の6日は、SPで世界歴代3位となる82・84点の自己ベスト。圧巻の滑りで、10点を獲得した。演技後は各国の応援席でスタンディングオベーションが起き、取材エリアでは開催国イタリアのペアから「Congrats!(おめでとう)」と声をかけられた。日本が銀メダルだった2022年北京五輪は、SP4位、フリー2位。団体を終え、個人との“五輪4連勝”も見えてきた。
昨年12月の全日本選手権、三浦はSP直前に左肩を脱臼。フリーを棄権し、大事には至らなかったものの状態が懸念された。日本連盟は団体金メダル獲得のため、得点源となる「りくりゅう」にSP、フリー2種目への出場を打診。ただ竹内洋輔強化部長によれば、当初は「非常に厳しい中だった」。それでも話し合いを重ね、試合日程などを確認。そして「パリ(五輪)での表彰式以降に、彼らの中で金を取るという誓いを果たすということも含めて、最終的に出てくれるというところから、まず木原選手たちが決まった」。不退転の覚悟で、ミラノの氷上に立っていた。
坂本花織(シスメックス)と佐藤駿(エームサービス・明大)が控える男女シングル。金メダル獲得へ、竹内部長も「天王山」と見据えた戦いが始まる。ライバル米国は、女子が全米3連覇のグレン、そして男子は世界王者のマリニンが出場。初優勝の日本か、2連覇の米国か。互いのプライドをかけた戦いとなる。
◆三浦 璃来(みうら・りく)2001年12月17日、兵庫県生まれ。24歳。大阪・向陽台高から中京大卒。スケートは5歳から。15―16年シーズンからペアに転向し、市橋翔哉と組む。19年8月に木原龍一と新ペアを結成。幼少期に空手経験があり、得意技は回し蹴り。146センチ。
◆木原 龍一(きはら・りゅういち)1992年8月22日、愛知県生まれ。33歳。中京大卒。4歳からスケートを始め、シングルで11年世界ジュニア男子代表。13―14年シーズンからペア転向。五輪は高橋成美と組んで14年ソチ、須崎海羽と18年平昌、三浦璃来と22年北京に出場。174センチ。
◇団体戦の大会方式 男女シングル、ペア、アイスダンスの4種目中3種目以上の出場枠を持つ国と地域で、国際スケート連盟の各種目ランク合計上位10チームが参加。予選と決勝で選手を交代できる。ショートプログラム(SP)、リズムダンス(RD)で1位から10位までに10~1点が与えられ、4種目の合計上位5チームがフリーの決勝へ。同じく1~5位までに10~6点が与えられ、予選と決勝の合計で順位が決定する。