<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇団体女子ショートプログラム(SP)◇6日◇ミラノ・アイス…

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フィギュアスケート>◇団体女子ショートプログラム(SP)◇6日◇ミラノ・アイススケートアリーナ

【ミラノ=松本航】今季限りで現役引退する坂本花織(25=シスメックス)の、日本女子最多3大会連続五輪が幕を開けた。

今季SP世界最高78・88点で1位となり、日本に順位点10点をもたらした。金メダル最有力候補の米国をけん引する、25年世界選手権優勝のアリサ・リュウ(20)に3・98点差。個人戦にも自信が深まる結果となった。

8日(日本時間9日)のフリーも登場の見込みで、フル回転する。

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長い競技人生で初の経験にも、坂本は動じなかった。

「どのタイミングでいこう…」

演技前、中野園子コーチから背中を押されるルーティン。だが、リンク際のクッションが分厚く、手が届かなかった。

「自分でバーンといくしかないや。もう“セルフ背中タッチ”でいきました」

この4年間、何度も最終滑走を経験してきた。得点源フリップ-トーループの連続3回転など全てを成功させ、スピンやステップを最高のレベル4をそろえた。

金メダルへ、1位が求められる日米エース対決を制し「10点のMAXを取る。自分自身にプレッシャーをかけてやってきていました。しっかりやるべきことをやろうという気持ち。いい具合の緊張感でいけました」とほほ笑んだ。

4月で26歳になる。これほど長い競技生活は、4年前まで想像できなかった。

「北京で区切りがつくし、あと1年は残った力で頑張って、引退しようかな」

初出場だった18年平昌五輪を終え、高校3年生の段階でぼんやりと将来を思い描いた。

大学3年生で臨む北京五輪の翌年、卒業とともに現役を退く-。

周囲への影響力も考え「自分でひそかに、そう思っていました」と胸の内にしまった。

人生設計を変えたのは五輪だった。

4年前の北京。

団体フリーは滑りながらチーム席が見えた。祈る仲間の姿。演技を終えてお辞儀すると、コロナ禍でマスク越しながら喜んでいるのが伝わってきた。銅メダルの個人を含め、得点発表時には普段厳しい中野コーチにねぎらわれる。視線を脇に向けると、連盟関係者の笑顔が見える。

普段の競技会に五輪の特別感が加わり「この感覚、たまらん」とミラノを目指し始めた。

今大会は日本選手団の結団式で旗手代行も務め、競技の枠を超えた存在となっている。

年々、立ち位置は変わっていくが、4年に1度の緊張感や重圧と向き合い、乗り越えるための仲間が近くにいる。積み上げてきた経験がある。

2連覇を目指す米国と2点差につけ「全然想定内。いいスタートダッシュが切れたと思う」と目標の金メダルを強く意識した。

山あり谷ありの4年をへて、今だからこそ見せられる姿を世界に届ける。

◆坂本花織(さかもと・かおり)2000年(平12)4月9日、神戸市生まれ。17年世界ジュニア選手権3位でシニア転向。1季目から18年平昌五輪代表2枠入りして6位。22年北京五輪で団体銀、個人銅メダル。世界選手権は22年から3連覇。全日本選手権は5連覇中。159センチ。

◆フィギュアスケート団体 出場10チーム。各種目1人(1組)出場の男女シングル、ペアのショートプログラム(SP)、アイスダンスのリズムダンス(RD)で予選を行い、上位5チームが決勝進出。決勝はフリー(アイスダンスはフリーダンス=FD)となり、各種目予選(1位10点、2位9点…10位1点)、決勝(1位10点…5位6点)の順位点合計を争う。4種目のうち2種目まで異なる選手(組)を起用できる。

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大阪体育大でラグビー部。13年に日刊スポーツ大阪本社へ入社。2年間はプロ野球の阪神タイガース担当、以降は五輪競技やラグビーを主に取材。21年11月に東京本社へ異動。五輪取材は18年平昌、21年東京、22年北京、24年パリに続き、ミラノ・コルティナ大会で5大会目。ラグビーW杯は19年日本、23年フランス大会で日本代表の全9試合を現地取材。185センチ、100キロ。