柔道男子71キロ級で1985年(昭60)の正力杯国際学生大会を制した古賀元博さん(享年60)が、昨年1月24日に亡くなっ…

柔道男子71キロ級で1985年(昭60)の正力杯国際学生大会を制した古賀元博さん(享年60)が、昨年1月24日に亡くなってから一周忌を迎えた。同階級で92年バルセロナ五輪の金メダルを獲得した稔彦さん(享年53)の2歳上の兄だった。がんと闘い抜いた後も、人望を表すように教え子や柔道関係者から追悼の投稿が相次ぐ1年間だった。

弟も同じがんで21年3月24日に亡くなっており、くしくも月命日に旅立っていた。「平成の三四郎」として人気、実力ともに日本柔道界のトップを走った弟も今年、逝去から5年となる。

兄の元博さんは佐賀・北茂安町(現みやき町)から上京し、柔道私塾の講道学舎へ進んだ。弦巻中、世田谷学園高、日体大と、弟と同じ道を切り開き、高校2年時には軽中量級ながら金鷲旗大会の初優勝に貢献した。大学では1年時に正力国際を制し、後に五輪覇者となる稔彦さんと兄弟で名をはせた。

卒業後は福岡県内の公立高校で保健体育科の教員に。88年から98年まで10年間は修猷館高で教鞭を執り、その後は糸島高に転じていた。

悲しくも訃報を機に、授業や普及教室で指導する様子や、第56回の金鷲旗高校柔道大会(82年7月、福岡市民体育館)に167センチ、78キロの大将として出場した時の写真、動画がX(旧ツイッター)でポストされ、しのばれた。決勝で地元の東海大五(福岡)を相手に背負い投げで延長戦の末に勝ち切り、世田谷学園を初の日本一に導いた動画も掘り起こされて、話題になっている。

この快挙は、全日本柔道連盟の「歴史」にも「小兵揃いの世田谷学園(東京)が初優勝」と刻まれており、改めて偉大な兄弟と再確認された。