世界最大のプロレス団体「WWE」は21日(日本時間22日)、公式WEBなどで昭和の同団体、新日本プロレスなどで活躍した…

 世界最大のプロレス団体「WWE」は21日(日本時間22日)、公式WEBなどで昭和の同団体、新日本プロレスなどで活躍したボビー・ダンカンさんが亡くなったことを発表した。81歳だった。

 WWEは「ボビー・ダンカン・シニアの訃報に接し、深い悲しみに暮れています」と追悼し「テリトリーで最も恐れられた悪役の一人。テキサス州オースティン出身の屈強なカウボーイ。ダンカン氏は、まさに屈指のタフネスでした」とたたえた。

 1944年8月14日に生まれテキサス州オースティン出身のダンカンさんは、ウェストテキサス州立大学を卒業。1967年にNFLのセントルイス・カージナルスに指名されたが69年にプロレスラーへ転向。WWWF(現WWE)でブルーノ・サンマルチノさんの世界王座に挑戦。さらにNWAではドリー・ファンク・ジュニアの世界王座に挑戦、AWAではハルク・ホーガンさんと抗争するなどトップヒールとして活躍した。

 息子のボビー・ダンカン・ジュニアさんもWCW、全日本プロレスなどで活躍したが2000年1月に34歳の若さで亡くなっている。

 日本マットには、69年4月に日本プロレスに初来日。その後、全日本プロレスに参戦したが1980年12月29日には、ニューヨークのMSGでアントニオ猪木さんのNWFヘビー級王座に挑戦。81年1月から新日本プロレスに参戦した。

 カウボーイスタイルのコスチューム、ファイトスタイルは、全日本、新日本で同時期に来日した大学の後輩でもあるスタン・ハンセンに絶大な影響を与えたと言われている。WWEは公式WEBで「ダンカン・シニア氏の家族、友人、ファンに哀悼の意を表します」としのんだ