◆報知プレミアムボクシング▽激闘の記憶 第9回 日本スーパーフェザー級タイトルマッチ10回戦 〇畑山隆則(TKO9回1分…

◆報知プレミアムボクシング▽激闘の記憶 第9回 日本スーパーフェザー級タイトルマッチ10回戦 〇畑山隆則(TKO9回1分44秒)コウジ有沢●(1998年3月29日、両国国技館)

 「史上最大の日本タイトルマッチ」と称された一戦。無敗の日本スーパーフェザー級(当時はジュニアライト級)王者・コウジ有沢(草加有沢)に、こちらも無敗のWBA世界同級3位の畑山隆則(横浜光)が挑んだファン垂涎(すいぜん)のカード。人気者同士の激突は、何もかもが日本レベルを超え、世界戦級の規模で実施された。試合は初回から激しい打撃戦となり、畑山が9回TKO勝ちで日本王座を獲得。リング上でベルト返上と、2度目の世界挑戦に進むことを宣言した。12連続KO勝利中だったコウジ有沢を破り、スーパーフェザー級国内ナンバー1を証明したことで、ボクシング界には「畑山時代」が到来した。

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 畑山が演出したラストシーンは、激闘にふさわしい劇的なものだった。お互い死力を尽くして打ち合い、迎えた9回。「前半から打つと読まれる。後半の勝負どころで打とうと思っていた」とリング中央で相手のガードの隙間を見つけ、左ボディーブローを突き刺した。次の瞬間、コウジの上半身がくの字に曲がる。動きの止まった相手に右―左―右と打ち込みダウンを奪う。ダメージは明らかだったが、それでもコウジは立ち上がり応戦した。そんな相手に、畑山はすさまじい勢いで襲いかかった。必死にクリンチしようとするコウジを上半身の力で振り払い、続けて打とうとした瞬間、レフェリーが試合をストップした。リング中央で勝利の雄たけびを上げると、セコンド陣に肩車され、また絶叫した。

 この試合が開催されたのは後楽園ホールではなく、世界戦などで使用される両国国技館。8000人のファンが会場に足を運び、2人のボクサーに熱い声援を送った。両選手ともにジムの看板選手であり、世界挑戦を狙っているもの同士。負ければ今後に暗い影を落とす一戦だけに、簡単には対戦に応じられないのが本音だが、両ジム関係者が懇意だったことから実現。やるからにはと、すべてが規格外で準備された。

 後楽園ホールでは小さいと、約5倍の器となる両国国技館を設定。フジテレビ系で午後4時から生中継され、ファイトマネーはともに500万円で、勝者にはプラス500万円。副賞として500万円を超える高級車も用意された。試合のポスターにも度肝を抜かれた。全裸になった2人が後ろ向きになり、右にコウジ、左に畑山で筋肉美を強調するように尻から上が写し出されていた。ボクシングの試合用ポスターとしては、これほど斬新なものは、今現在に至っても存在しないはずだ。

 世界戦と同じく国歌斉唱を終えスタートした対戦は、想像を超えるほどの激しさで幕を開けた。この試合の前戦(1997年10月)でWBA世界スーパーフェザー級王者・崔龍洙(韓国)に挑み、引き分けで惜しくも王座獲得を逃した畑山は、初回からアグレッシブに打ち合いを挑み、コウジも応戦した。4回には右の相打ちなど、毎回、目の離せない攻防が続いた。そんな中でも畑山は持ち前の馬力を武器に徐々に試合の流れをつかみ始める。中盤以降、コウジをロープに追い詰めるシーンを増やし、9回のフィニッシュへとつなげた。

 コウジから日本王座を奪い、スーパーフェザー級国内最強を証明した畑山はリング上で宣言した。

 「ベルトは返上して、世界に行きます」

 有言実行した。コウジ戦から約6か月後、再び崔に挑み、判定勝ちで世界王座奪取に成功。V2戦で敗れ、プロ初黒星を喫したことで引退を表明する。しかし、2000年6月に1年ぶりの再起戦でいきなりWBA世界ライト級王者ヒルベルト・セラノ(ベネズエラ)に挑み8回KO勝ち。無謀ともいわれた再起戦での2階級制覇を成し遂げ、ボクサー人生のハイライトとなる坂本博之(角海老宝石)との初防衛戦(00年10月、10回TKO勝ち)へと進んでいく。コウジ戦での勝利で知名度は一気に全国区となり、2階級制覇で名実ともにトップの地位を築きボクシング界を牽引(けんいん)していった。引退後は実業家として活躍する傍ら、ボクシング中継の解説者として、歯に衣(きぬ)着せぬ物言いで人気を博している。

 一方、6度目の防衛戦で畑山に敗れ無冠となったコウジは、その約9か月後に2度目の日本王座獲得に成功すると、6度の防衛に成功した。05年12月の試合を最後に引退し、最後まで世界に挑むチャンスには恵まれなかったが、甘いマスクとスリリングなファイトは、今でも多くのファンの脳裏に焼き付いている。

 ◆畑山 隆則(はたけやま・たかのり)1975年7月28日、青森市生まれ。50歳。プロボクサーを目指すため高校を中退して単身上京。93年6月にプロデビュー。全日本スーパーフェザー級新人王(大会MVP獲得)、東洋太平洋同級王座獲得。98年9月にWBA世界同級王者・崔龍洙(韓国)に2度目の挑戦で判定勝ちし、王座獲得に成功。2000年6月にはWBA世界ライト級王座を獲得して2階級制覇を達成。戦績は24勝(19KO)2敗3分け。身長173センチの右ボクサーファイター。

 ◆コウジ有沢(本名・有沢幸司)1971年7月22日、埼玉県草加市生まれ。54歳。アマチュア経験はなく、92年3月プロデビュー。96年4月に日本スーパーフェザー級王座獲得。6度目の防衛戦で畑山隆則に敗れ王座を手放すが、98年12月に2度目の王座獲得に成功し、6度の防衛に成功。戦績は34勝(24KO)4敗2分け。身長173センチの右ボクサーファイター。双子の兄・カズ有沢もプロボクサーで最高位は日本ライト級1位。戦績は19勝(14KO)3敗1分け。身長はコウジの方がカズより1センチ大きい。