横浜(神奈川)は昨秋の明治神宮大会を制し、今春センバツは19年ぶり4度目の優勝を飾りました。夏の甲子園は8強でしたが、横…

横浜(神奈川)は昨秋の明治神宮大会を制し、今春センバツは19年ぶり4度目の優勝を飾りました。夏の甲子園は8強でしたが、“横浜1強”を印象づけた1年。村田浩明監督(39)、主将の阿部葉太外野手(3年)、エースの奧村頼人投手(3年)、奧村凌大内野手(3年)、為永皓内野手(3年)が秘話たっぷりに1年を振り返りました。みんなに“ありがとう”の思いを込めて。【保坂淑子】

   ◇   ◇   ◇

-センバツの優勝につながった大きなきっかけは

村田監督 初戦の市和歌山戦で阿部がセンターフライを捕球した時、それまで見たことのない派手なガッツポーズをしたんです。甲子園は人を変えてしまう場所。(主将の)阿部が変わると、他の選手も変わってしまう。これから戦っていく中で阿部が一喜一憂したら終わってしまうよ、って話をしたことかな。

阿部 緊張していたのもあって、いつもと違う行動をしてしまいました。

奧村凌 阿部に助けられてばかりのチームで、僕たちも阿部についていく、という雰囲気だったから。

奧村頼 阿部の感情が上下すると、チームも変わってしまうんです。

村田監督 次戦からはいつもの冷静な姿に戻って戦ってくれたね。

阿部 自分は打順です。沖縄尚学戦の前に監督の部屋に呼ばれて。「3番でいけるか? 自分が走者をかえさないとこの先、強くなれない」と。それまでは1番でチャンスを作る役目でしたが、「いけます」と即答して覚悟ができました。

村田監督 打順を変えるのは勇気がいったんだよ。阿部は走者が出て勝負強さを発揮する子。それまでは1番で起用して、阿部のいいところをつぶしていたかもしれないな。

奧村凌 自分も打順の入れ替えが優勝の要因だと思います。最初は阿部の代役(1番起用)で不安でした。どんな形でも出塁することを考えていました。

村田監督 為永は打ちたい気持ちが強い子。2番に置くことでバントもしっかり決めて、自制心も生まれ、状況に応じて打つこともできるようになった。

為永 沖縄尚学戦では打線がつながって得点できた。いけると思いました。

村田監督 打順が違っていたら試合展開は変わっていたね。

--そして智弁和歌山との決勝戦

阿部 実は、小さい頃から智弁和歌山がすごく好きで。中学の時は勝手に甲子園決勝で智弁和歌山と戦うシーンをイメージしながら父と練習をしていたので、楽しかったです。

村田監督 負けない空気があったな。優勝に向けて同じ方向を向いていた。

奧村頼 投打がかみ合ったチームの集大成でした。

村田監督 頼人はサインミスばっかり(笑い)。決勝でも、待てのサインを無視して打って。サインミスじゃなくて、サイン無視だったな(笑い)。

奧村頼 そういう時に限って甘い球…つい打っちゃうんです(笑い)。

-村田監督を胴上げした気持ちは?

阿部 すごいうれしかったです!

為永 重かったです(笑い)。

奧村頼 え~と…。

奧村凌 頼人は、トイレに行ってて胴上げに入ってなかったです(笑い)。

奧村頼 実は、8回にトイレに行きたかったんですけど打席が回ってきて行きそびれて…。もう限界で…。閉会式が終わってすぐにトイレに行って戻ってきたら、ベンチの裏のモニターに胴上げが映ってて。

村田監督 本当に? 初めて知ったよ(笑い)。

奧村頼 ずっと言えなかったです。

村田監督 でもうれしかったなぁ。あの景色は一生忘れられないよ。

--センバツ後は春夏連覇へのプレッシャーもあったのでは?

阿部 夏までチームがうまくまとまらなかった。「春夏連覇を目指しています!」って言っていましたけど内心は不安で…。センバツ優勝で夏は出られないなんて惨めな思いはしたくない。焦るばかりでした。

奧村凌 自分たちも言葉に出して言えなくて。とにかく前に進むしかないと思っていました。

奧村頼 帰り道がいい距離なんだよね。

--グラウンドから寮まで徒歩約20分

阿部 そうそう!

奧村頼 みんなで話しながら帰る。

為永 今日1日の振り返りをね。

奧村頼 阿部がグラウンドで泣いても、寮に帰るとみんなでご飯を食べてお風呂に入って掃除をして。また明日頑張ろう、と。

阿部 自然と気持ちの切り替えができましたね。

村田監督 阿部の姿を見て、みんなついてきてくれたんだな。

-監督はどんな方でしたか?

為永 あいさつでは人の目を見て話す。社会で通用する人間に育てていただきました。

奧村凌 自分は分析力を学びました。

奧村頼 監督さんは人を引きつける魅力がある。入学してから少しずつ魅力に引かれて…3年夏にはゾッコンでした!

阿部 野球は繊細で1点にこだわる。勝負強くなりました。グラウンドには「人生を変える場所」というスローガンが掲げられていますが、3年間で大きく人生を変えることができました。胸を張って言えます。

村田監督 みんなまだこれからだぞ。何があっても応援される人間力を大事に。期待しています!

◆村田浩明(むらた・ひろあき)1986年(昭61)7月17日生まれ、神奈川県川崎市出身。横浜では1年春からベンチ入りし、正捕手として甲子園は03年春準優勝、04年は主将として夏8強に貢献。日体大卒業後、県内の霧が丘で野球部長、白山で野球部監督を経て、20年から母校の監督に就任。家族は夫人と1男。

◆阿部葉太(あべ・ようた)2007年(平19)8月6日生まれ、愛知県田原市出身。田原東部小2年時に田原東部スポーツ少年団で野球を始め、田原東部中では愛知豊橋ボーイズに所属。横浜では1年夏からベンチ入り。2年時の5月から主将を務める。右投げ左打ち。180センチ、85キロ。早大進学。

◆奧村頼人(おくむら・らいと)2007年(平19)9月8日生まれ、滋賀県彦根市出身。彦根小1年時に高宮スポーツ少年団で野球を始め、彦根中では滋賀野洲ボーイズに所属。横浜では1年春からベンチ入り。2年春から背番号1。左投げ左打ち。178センチ、86キロ。ドラフト3位でロッテ入団。

◆奧村凌大(おくむら・りょうた)2007年(平19)12月10日生まれ、愛知県瀬戸市出身。效範(こうはん)小1年時に效範少年野球クラブで野球を始め南山中では瀬戸シニアに所属。横浜では1年秋から背番号6で試合に出場。右投げ左打ち。169センチ、75キロ。法大進学予定。

◆為永皓(ためなが・ひかる)2007年(平19)10月13日生まれ、横浜市南区出身。六つ川西小1年時に平戸イーグルスで野球を始め、六ツ川中では中本牧シニアに所属。横浜では1年春からベンチ入り。右投げ左打ち。173センチ、83キロ。明大進学予定。