セレッソ大阪は27日、J2サガン鳥栖に期限付き移籍していたMF西川潤(23)が来季、同じJ1のファジアーノ岡山に完全移籍…

セレッソ大阪は27日、J2サガン鳥栖に期限付き移籍していたMF西川潤(23)が来季、同じJ1のファジアーノ岡山に完全移籍すると正式発表した。C大阪へ5年ぶりの復帰が既定路線だっただけに、急転の着地。その背景に迫った。

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最後は西川本人が、岡山への移籍を決断したという。西川との契約を1年半も残したC大阪のクラブ関係者はこの日、無念さを隠さなかった。

プロ6年目の今季を鳥栖でプレーした西川は、アタッカーとしての才能が開花し、J2ながら35試合6得点など過去最高の成績を収めた。9月にJ2月間MVPも初受賞。J1復帰を目指す鳥栖は完全移籍での残留を希望したが、3者の話し合いの末に最初に鳥栖の選択肢が消えた。

これでC大阪復帰に傾いたはずだが、関係者によると、今季J1初挑戦で13位だった岡山が、12月中旬になって完全移籍でのオファーを提示。移籍金を満額を支払う意思を示した。

C大阪は復帰を重ねて要請したが、移籍金を用意した岡山と、その岡山を選んだ西川の前に、交渉を断念せざるをえなかった。西川にとって、岡山はより出場機会をイメージできる環境だったのではと、指摘する関係者もいる。

桐光学園(神奈川)から20年にC大阪とプロ契約を結んだ西川は、「天才レフティー」とも呼ばれ、一時はバルセロナから興味を示された。

ただC大阪では定位置をつかめず、22年からJ1鳥栖、24年はJ2いわき、25年は再びJ2鳥栖へ期限付き移籍。クラブ側は宝として復帰のタイミングを慎重に見計らってきたものの、4年という武者修行の時間が、逆に両者の縁を遠ざけてしまったのかもしれない。

西川はクラブを通じ「自分が思い描いていたキャリアとの間にギャップを感じ、悔しい思いを重ねる時期もありましたが、今の自分があるのは、このクラブでの活躍を楽しみに待ち、支えてくださった皆さまの存在があったから」と、C大阪へ感謝の思いを寄せた。

◆西川潤(にしかわ・じゅん)2002年(平14)2月21日、神奈川・川崎市生まれ。横浜ジュニアユースから桐光学園へ。高校3年時は特別指定でC大阪でプレーし、20年プロ契約。22、23年は鳥栖へ、24年はJ2いわきへ、25年は再びJ2鳥栖へ期限付き移籍。J1通算66試合2得点。J2通算70試合9得点、J3通算1試合無得点。19年U-20W杯には17歳ながら飛び級で選出され、同年U-17W杯は4試合2得点2アシストと活躍。180センチ、70キロ。