予測のつかないドラマが続いた1年間の掉尾(ちょうび)を飾るにふさわしい劇的なレースだった。 チャンピオン争いがシーズン最終戦までもつれ込んだマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)とアンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム…

 予測のつかないドラマが続いた1年間の掉尾(ちょうび)を飾るにふさわしい劇的なレースだった。

 チャンピオン争いがシーズン最終戦までもつれ込んだマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)とアンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)の戦いは、バレンシアGP全30周のなかに今年の波瀾万丈の全要素が凝縮されて詰め込まれたような、そんな内容になった。



通算4度目ののMotoGP年間チャンピオンに輝いたマルク・マルケス

 今回のレースを前に、ランキングをリードするマルケスと2位ドヴィツィオーゾとのポイント差は21。マルケスは11位以上でゴールすれば、ドヴィツィオーゾの順位に関わりなく年間総合優勝が決定する。一方のドヴィツィオーゾは、自分が優勝してもマルケスが12位以下で終えなければタイトルを奪取できない。チャンピオン争いを最終戦に持ち越したとはいっても、誰が見てもこれはマルケスのほうが圧倒的に有利な状況だ。

 しかも、マルケスはこのリカルド・トルモ・サーキットのような反時計回りのレイアウトを得意としているのに対して、ドヴィツィオーゾは左周りのコースであまりいい成績を残せていない。ドゥカティ・デスモセディチも、直線が短く細かいコーナーが多いこのようなレイアウトは比較的に不得意だ。

 それでも、レースでは何が起こるかわからない。それは、今年のシーズン展開が何度も具現化してきた。

 土曜午後の予選を終えて、ドヴィツィオーゾは3列目最後尾の9番グリッドという厳しいスタート位置になった。

「でも、レースはまだ終わったわけじゃない。ここに来る前から、自分たちには厳しいコースであることはわかっていた。去年よりも少し速く走れているのはポジティブだけど、もちろんまだ十分じゃない。明日は必死でがんばらないとね」

 笑顔でそう語るドヴィツィオーゾからは、虚勢や衒(てら)いではなく、ほどよくリラックスした雰囲気も感じ取れた。

 一方、ポールポジションを獲得したマルケスは、レースを翌日に控えた心境をこんなふうに語った。

「僕たちも人間だから、なかなか今晩は寝つけないと思う。でも、ドヴィがポールで自分が8番手や9番、10番だったら、もっとナーバスになっていたと思う。フロントロー獲得という目標は達成できたし、明日は1年でもっとも大事な日だから、いつもと同じ平常心で臨みたい」

 決勝日の天候は、抜けるような秋晴れの好天。日曜午後2時にスタートする決勝レースのチケットは完売で、スタジアム形式の会場はシーズン最終決戦を目撃しようと訪れた11万220人の観客で埋め尽くされた。

 レースはヨハン・ザルコ(モンスター・ヤマハ Tech3)がトップを走行し、マルケスとチームメイトのダニ・ペドロサがその背後につけた。そして、ドヴィツィオーゾの少し前でチームメイトのホルヘ・ロレンソが前方3名に懸命に追いすがる、という緊迫した状況が続いた。

 マルケスはこの順位のままゴールしても、チャンピオンを確保できる。だが、ドヴィツィオーゾは優勝しなければ可能性すら作れない。ドヴィツィオーゾを前に出すように何度も指示するチームからのサインを無視したかのようにも見えるロレンソの動きは、レースペースで前3名にコンマ数秒劣る自分たちがチャンスを切り開くために、ドヴィツィオーゾよりも少しだけ速く走れている自分が彼を引っ張ってエネルギーを温存させながら前に食らいついていこう、という判断によるものだった。ペドロサとロレンソの差は着実に縮まっていった。

 マルケスも勝負に出た。

 22周目の最終コーナーでザルコを抜いて、ついにトップに立った。優勝でチャンピオンを獲得できれば、最高の形でフィナーレを飾ることができる。

 だが、メインストレートを先頭で通過したマルケスは、1コーナー進入でミスを犯し、フロントを派手に切れ込ませた。転倒寸前の状態から左ひじを路面に接地させながらマシンを引き起こして回避する奇跡のようなリカバーを見せたものの、そこからコース外へオーバーラン。コース上に復帰したときには、ドヴィツィオーゾから3.595秒背後の5番手へ順位を大幅に落としていた。

 一方、ロレンソはこの機を見逃さずにペースをアップ。ドヴィツィオーゾを連れてさらに前へと迫っていった。

 しかし、「ザルコとダニのペースが少し落ちてきたので攻めようとしたけれども、どのコーナーでもフロントが切れ込んでいた」とレース後に振り返ったとおり、ロレンソはすでに限界を超えた状態だった。

 ロレンソは24周目の5コーナーで転倒し、その少し先の8コーナーでドヴィツィオーゾも転倒。このときの様子について、ドヴィツィオーゾはレース後に、「表彰台はどうでもよかった。勝ちたかったし、勝たなければならなかった。できることはすべてやった。8コーナーは自分の勝負どころだったので、ハードブレーキングで攻めた。でも、タイヤが消耗していて、数周前のようには停めることができなかった」と説明した。

「僕たちはずっと、限界以上で走っていた。0.2秒ほどのことだけど、あのレベルでの走行では、このわずかな差が大きな違いになってしまう」

 ドゥカティ2台がレースから消えたことで、マルケスは3番手に繰り上がり、そのままの順位でゴール。昨年に続き、MotoGPクラスの王座を連覇した。優勝はペドロサ。最終ラップの1コーナーで乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負を仕掛けてザルコをオーバーテイクし、シーズン2勝目を挙げた。

 あわや転倒、という状態をセーブしてMotoGP4回目の年間総合優勝を達成したマルケスは、「最後までマルケススタイルだったね」と笑った。そして、「ドゥカティのスタッフたちがレプソル・ホンダ・チームのピットボックスまで来て抱擁している姿を(ウィニングラップ中に)コースサイドのスクリーンで見て、彼らに対して敬意を感じた。今シーズンは、特にメンタル面で多くのことをアンドレアから学んだ」とライバル陣営の健闘を称えた。

 一方、レース後に戦いを振り返るドヴィツィオーゾの表情にも、悔いのない様子で穏やかな笑みがうかんでいた。

「せっかくの大きなチャンスを逃した、と言う人もいるかもしれないけど、僕はそうは考えない。6勝挙げることができたし、自分たちのやり遂げた成果にも満足したい。もちろん改善の余地はあるけれども、今年はだいぶよくなった。だから、来年はさらによくしていけるだろう」

 激しく火花を散らせた熾烈なチャンピオン争いの終焉が爽やかで清澄(せいちょう)な余韻を残すのは、おそらくマルケスとドヴィツィオーゾ両選手の人柄が、高い緊張感と興奮を覆うように、ゆっくりと浸潤(しんじゅん)してゆくからなのだろう。