<J1昇格プレーオフ:千葉1-0徳島>◇13日◇決勝◇フクアリ千葉が17年ぶりにJ1に帰ってくる! J2で3位だったジェ…

<J1昇格プレーオフ:千葉1-0徳島>◇13日◇決勝◇フクアリ

千葉が17年ぶりにJ1に帰ってくる! J2で3位だったジェフユナイテッド市原・千葉がホームで同4位の徳島ヴォルティスに1-0で競り勝ち、悲願の昇格を決めた。後半24分にFWカルリーニョス・ジュニオが頭で決勝点を奪った。名将イビチャ・オシム監督のもとルヴァン杯2連覇など、栄光を知るクラブは2009年にJ1最下位でJ2へ降格。これまで5度のプレーオフ(PO)に敗れる艱難(かんなん)辛苦を乗り越え、就任3年目の小林慶行監督(47)のもと6度目にしてPOを突破した。優勝の水戸ホーリーホック、2位V・ファーレン長崎に続く3番目のJ1切符を手にした。

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曇天の寒空を吹き飛ばす熱風がフクアリを包んだ。試合終了のホイッスルが響く。千葉カラーの黄色に染まったスタジアムは歓喜の波に揺れた。16年という長く厳しいトンネルを抜けた。クラブにとっては悲願のJ1切符だ。「めちゃくちゃうれしいし、めちゃくちゃ疲れました」。達成感より、安堵(あんど)感。大仕事を成し遂げた小林監督は胴上げで宙を舞った。

この指揮官がいたからこそ止まった時計の針は動き出した。「昨年まではとがり続けたけど、勝負の3年目として少しバランスを取って1つ大人になった」。ハイプレスから攻守に積極的に仕掛けるのが千葉スタイル。しかし今季は相手の出方次第で引くことも辞さず、相手背後を突く“割り切り”の縦パスも増えた。鋭いサイドアタックという“とがった”部分を大事にしつつ現実も見る“大人”のたしなみも。その姿がこの日の徳島戦でも効いて1-0と競り勝った。「本当に3年間の積み重ねが最後に出た」と実感を込めた。

09年11月9日、アウェーで川崎フロンターレに2-3と敗れJ2降格が決定した。前身の古河電工での日本リーグ創設から唯一45年間(44シーズン)も1部を守り続けた中、初めての2部降格だった。日本チームとして初めてアジアタイトルも獲得し、日本協会の川淵三郎最高顧問、岡田武史氏ら日本サッカー界を背負って立ったOBを数多く輩出した名門。Jリーグ元年の「オリジナル10」として華やかな舞台を戦い、オシム監督のもと05、06年とルヴァン杯連覇も達成している。

長きトンネルを経て、小林監督に白羽の矢が立った。千葉のOBでもなければ、監督としての実績があったわけではない。だが2年のコーチ期間を経て23年に監督就任。「名だたる監督さんしか呼ばれないクラブ。ちょっとうまくいかなければ厳しい声が増えるのは当然。それだけ伝統があって歴史があって偉大なチームだと僕は認識していました」。オシムチルドレンの1人だった坂本コーチはこう証言する。「このクラブの伝統という走る、戦うと言う部分を大事に3年間積み上げてきたものが出たし、慶行は選手の良さを引き出すし、選手を平等に扱う。そのあたりはすごくうまい」。チームの一体感が高まった今季、J1昇格はなるべくしてなった。

小林監督の信念が最後は決め手だった。「幹の部分を絶対にぶらさない。それをうまく枝葉の部分で変化がありながら、しっかりやってくれた」。降格が決まった日から5879日。あの日の悔し涙は歓喜の涙に変わった。【佐藤隆志】

○…J1昇格を果たした千葉小林監督は、今季で契約が満了となる。来季の指揮が気になるところだが「来年の事は分からない」とした。「何が起こってもおかしくないし。来年のことは(現時点で)描けないです。まったくわからない」と話した。クラブの悲願を達成した指揮官だけに、今後の動向が注目されそうだ。

◆ジェフユナイテッド市原・千葉 1946年(昭21)に古河電工サッカー部として横浜市で創部。三菱重工、日立製作所と「丸の内ご三家」として多くの日本協会幹部や日本代表選手を輩出。87年に奥寺康彦、岡田武史らでアジアクラブ選手権優勝。天皇杯優勝は4回。91年にJリーグ参入を目指しJR東日本と新会社を設立し、ホームを市原市(後に千葉市に移転、ホームタウンは市原市・千葉市)とした。05年、06年にオシム監督のもとヤマザキナビスコ杯連覇。09年にJ1で最下位18位となり、J2に降格。主なOBに阿部勇樹、巻誠一郎。本拠地はフクダ電子アリーナ(1万9781人)。クラブ所在地は千葉市中央区川崎町1-38。島田亮社長。

◆小林慶行(こばやし・よしゆき)1978年(昭53)1月27日生まれ。埼玉県出身。神奈川・桐蔭学園-駒大を経て99年に東京V入り。大宮、柏、新潟でプレーし、12年に現役引退。14~19年まで仙台でコーチ、21年からは千葉でコーチを務める。ヘッドコーチを経て23年から監督に就任。23年は6位でJ1昇格PO準決勝敗退、24年は7位。監督としてJ2通算118試合58勝23分け37敗。

【千葉の過去PO・VTR】

◆12年 5位進出の千葉は、アウェーの準決勝で4位の横浜FCに4-0と大勝。現在も所属するMF米倉もチーム2点目を挙げた。国立開催の決勝では6位の大分と対戦。優勢に試合を進めながら好機を生かせず。後半41分に大分FW林に1対1からGK岡本の頭上を抜くループシュートを決められ0-1と敗れた。

◆13年 5位進出の千葉は、アウェーの準決勝で4位の徳島と1-1で引き分けた。相手の約2倍となる13本のシュートを放ちながら、J2得点王のFWケンペスが徹底マークされ、前半40分にCKからDF山口智が挙げた1点止まり。ドローながら年間順位で劣ったため敗退となった。

◆14年 5位にJ1ライセンスを持たない北九州が入ったため、3位進出の千葉は準決勝を戦わずして決勝進出。東京・味スタ開催で6位進出の山形と対戦。前半37分にクロスボールからFW山崎に決められ先制点を許した。1点を追う終盤に猛攻を仕掛け、MF谷沢、FWケンペスら再三の決定機にGK山岸のビッグセーブに阻まれた。0-1で屈した。

◆17年 6位進出の千葉は、アウェーの準決勝で3位の名古屋に2-4と敗れた。前半終了間際にFWラリベイの得点で先制したが、後半16分に現在は千葉に所属するMF田口に同点ゴールを許した。その田口は中盤から抜け出す際に手に触れたように見えたが、判定は変わらなかった。この1点で流れが変わり、立て続けに3失点。ラリベイが最後に得点を返したが、焼け石に水だった。

◆23年 6位進出の千葉は、アウェーで3位の東京Vに1-2と屈した。「オリジナル10」対決に序盤、攻勢をかけたがGKマテウスの堅守に阻まれた。前半34分、44分と立て続けに失点。後半33分にボックス内へ切り込んだFW小森が左足で1点を返したが、その後が続かず。相手の堅守を崩せなかった。