33年10カ月、実に1万2355日ぶりに「旭富士」のしこ名が復活した。第63代横綱からしこ名を受け継いだ、モンゴル出身で…

33年10カ月、実に1万2355日ぶりに「旭富士」のしこ名が復活した。第63代横綱からしこ名を受け継いだ、モンゴル出身で本名バトツェツェゲ・オチルサイハンの旭富士(23=伊勢ケ浜)が、注目のデビュー戦を白星で飾った。同じくモンゴル出身の天昇山(21=玉ノ井)を寄り切り。現役最長身197センチで近い将来の関取候補を相手に“史上最強の新弟子”の前評判通りに、格の違いを見せつけた。横綱のしこ名を受け継いで初土俵を踏む極めて異例な新弟子が、4年半待ってついにデビューした。

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“伝説の始まり”を一目見ようと、会場は朝からザワついていた。普段は観客20人程度の前相撲に、10倍の約200人の熱心な相撲ファンが駆けつけた。報道陣は約40人。裏方や出番前の序ノ口、序二段力士も次々と土俵に近づいてきた。目当ては“史上最強の新弟子”旭富士。異様な雰囲気に、審判として入場待ちしていた親方衆も「こんなこと初めて」と驚いていた。

午前9時25分。まだ経験の浅い序ノ口格行司が、優勝4度の横綱「旭富士」のしこ名を呼び上げた。33年前は結びの一番、午後6時前に呼ばれたしこ名が、この日最も早い一番で呼び上げられた。まだ旭富士の所作はぎこちなく、初々しかったが、相撲は一変。相手よりも一瞬、遅れて立ったが、すぐに左前まわしを引いた。さらに右も引いて両前まわし。185センチ、150キロの自身よりも12センチ、23キロ大きい腰の重い天昇山を引きつけ、何もさせずに危なげなく土俵外に運んだ。

緊張したか問われた旭富士は「ないです」と話し、大物感を漂わせた。横綱のしこ名「旭富士」を呼び上げられたことには「まだ慣れてない感じです」と、照れ笑いを浮かべた。喜びがあるか聞かれると「はい」と回答。仲の良い前頭熱海富士が報道対応を巡り師匠に怒られたこともあり、コメントはこれだけだった。

師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱照ノ富士)は「長く待って、辛抱してくれた。その間も欠かさず稽古していた」と、先の見えない日々を乗り越えた苦労を、本人に代わって話した。規定で外国出身力士は1部屋1人まで。今年1月の初場所でモンゴル出身の現師匠が引退後、外国出身力士に必要な半年間の研修が始まり、興行ビザの取得にも1場所を要し、ようやく初土俵。入門から初土俵に4年半を要したが、師匠は「稽古すればするほど、強くなるなと思っていた」と、当初から潜在能力を高く評価。猛稽古で今や、稽古では前頭伯桜鵬らを圧倒している。

ある親方は、遅れた格好の立ち合いも「後の先だ」と指摘した。「不世出の横綱」と呼ばれ、不滅の69連勝の記録が今も残る双葉山が重なったという。さらにその親方は「足の裏が全く浮かない。見た目以上の完勝」と分析。相手も関取候補。強さは計り知れない。

部屋の力士からは、来場所の番付デビューから「28連勝だ」と、従来の最長記録、常幸龍の27連勝超えを期待される。下の名前は部屋の後援者の名前をもらい「英毅(ひでき)」となったことも判明。番付運に恵まれ、無敗のまま十両優勝まで飾れば、来年九州場所は幕内の可能性もある。そこでも連勝を続ければ1年後に結びの一番-。そんな非現実的な夢も抱かせる大器が現れた。【高田文太】