西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 第74回 ビクトル・ギェケレシュ 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、ト…
西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第74回 ビクトル・ギェケレシュ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
アーセナルのビクトル・ギェケレシュをはじめ、欧州強豪クラブのストライカーの得点数が少なくなってきています。しかし、これには各クラブの戦術的な変化の影響がある様子。ストライカーの役割は得点だけではなくなっています。
【10試合4ゴールのエースストライカー】
スポルティングの2シーズンで66試合に出場、68ゴールを叩き出したビクトル・ギェケレシュは、アーセナル待望の本格派ストライカーとして今季加入した。

アーセナルのストライカー、ビクトル・ギェケレシュ
photo by Getty Images
ところがプレミアリーグ10試合での得点は4。やや期待外れの数字である。しかし、ギェケレシュは第10節まですべての試合に先発し(第11節は欠場)、そのうち7試合は90分間フル出場している。(※データは11月2日時点。以下同)
4ゴールはチーム内の最多得点ではある。ただ、総得点18のうちギュケレシュの4ゴールは約22%にすぎない。アーセナルはギェケレシュ以外に10人の得点者がいて、ひとりの選手に集中していない。当初は得点の少なさを批判されていたギェケレシュだが、その貢献が得点以外にあることが徐々に理解されるようになってきた。
ストライカーの貢献が得点以外などと言うと、ほとんど皮肉のように聞こえるかもしれない。確かに少し前まではストライカーは得点してナンボだった。ところが、現在は事情が違ってきているようだ。
欧州5大リーグの首位にいるチームの総得点と最多得点者の得点比率を見てみよう。
アーセナルはギェケレシュの22%、バイエルンのハリー・ケインが36%、パリ・サンジェルマンのブラッドリー・バルコラ19%、ナポリのケビン・デブライネ25%。
例外はレアル・マドリードのキリアン・エムバペで、11試合で13ゴール。チーム総得点26の50%を叩き出している。同じくチーム内得点比率が高いのがマンチェスター・シティのアーリング・ハーランド。10試合13ゴール、実に総得点の65%がハーランドだ。
ちなみにリバプールはモハメド・サラーが最多得点者だが4ゴール、総得点との比率はギェケレシュと同じ22%である。
チームのエースによる得点はおよそ全体の20~30%台。これの意味するところは、ストライカーの役割は得点だけではなくなっているということだ。
【守備で攻撃するビッグクラブ】
CL第4節、パリ・サンジェルマンvsバイエルンのビッグマッチがあった。
結果は1-2でアウェーのバイエルンが勝利している。この試合の前半は現代サッカーの最高峰がどうなっているのかを確認できる内容だった。
パリSG、バイエルンともマンマークのハイプレスを行なっている。そしてどちらもなかなか相手のプレスを外すことができない。簡単にボールを失わないのはさすがだったが、どちらも前を向けない。前進できない。したがって自陣でボールを失うか、敵陣に蹴りだしてボールを捨てるかになっていた。
ボールを持っている、持っていないに関わらず、敵陣でプレーしているチームが優位。そういう試合だった。ボールを持っていればもちろん、持っていなくても敵陣で守備をしているかぎり、いつかチャンスが来る。逆にボールを持っていても、それが自陣であればいつか奪われてピンチになる。つまり、パリSGもバイエルンも「守備で攻撃できる」チームだった。
バイエルンの2点はいずれもハイプレスで奪ってからの素早い攻め込みから生まれていた。前半ロスタイムにルイス・ディアスが退場になったため、後半は10人のバイエルンが守備を固めたので前半とは全く違う種類のゲームになったのだが、前半は現在のトップレベルがどういうゲームになっているかのサンプルだった。
敵陣での守備=攻撃。これを実装できているチームが各国リーグのトップにいるのは偶然ではない。
アーセナルは10試合で18得点している一方、失点はわずか3。引いて守備を固めているわけではなく、敵陣に押し込み、さらに失ってもハイプレスで早期に奪回しての結果と言える。そのなかでギェケレシュの献身的な守備が評価されているのだ。
敵陣で奪ってからのフィニッシュへのアプローチの多くは即興的で、エースストライカーにチャンスが来るとは限らず、その場で決定機を得た選手が決めるという感じになる。エースに決定機が集中しない戦い方なのだ。
【ハイプレスを先導する役割】
エースストライカーが守備での貢献を求められるなか、例外的に得点を量産し続けているのがハーランドとエムバペである。そしてシティとレアル・マドリードはそれゆえに他のビッグクラブとは一線を画している。
シティはハイプレスもやっているが、むしろ4-5-1のブロックをミドルゾーンに置くようになった。ハーランドの裏抜けのスピードを最大限に生かすためと考えられる。相手を前進させることで、ディフェンスライン裏のスペースを確保する。奪ったら間髪入れずハーランドが抜け出し、そこにパスを合わせて独走状態に持っていく。
レアル・マドリードも同様に中盤にブロックを敷き、裏スペースを確保してエムバペを走らせる。シティとレアル・マドリードは無類のスピードスターを擁しているがゆえの戦い方になっている。
もちろんシティとレアル・マドリードはカウンターに特化したチームではなく、その保持力ゆえに相手に引かれてしまうことは多く、その際は保持とハイプレスの循環に持っていくが、それだけでなくカウンターを戦い方のなかに組み込んでいるという点で例外的なチームと言える。
ただ、シティとレアル・マドリードはミドルゾーンのブロックにさほど抜きんでた強度はなく、MFにも攻撃的な選手が多い。ハーランドへのラストパスの供給という点ではいいが、わざと引くという選択にはそれなりのリスクがありそうだ。一方で、ハーランドとエムバペにハイプレスを貫徹させるのが現実的に難しいという問題もあるのかもしれない。
アーセナル、バイエルン、パリSG、バルセロナなどビッグクラブは今や全方位的な強さを持っているが、カウンターではハーランド、エムバペのようなスピードスターを持っていない。パリSGに関してはウスマン・デンベレのコンディションが上がればまた違ってくるとは思うが、シティとレアル・マドリード以外は攻守を問わず敵陣でプレーしている時に最も強みが出るという特徴があり、こちらのほうが強豪のスタンダードになっている。
ストライカーにはハイプレスを先導する役割があり、カウンターアタックの中心として機能する機動力や突破力も要求される。フィニッシュワークは分散傾向なので、ひとりで得点を量産するタイプでなくても構わない。守備をもって攻撃とする、戦術的な変化がストライカーの役割に影響している。
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