日本ではまだ馴染みがないかもしれないが、 マッチアナリストとは試合データをもとにした分析のスペシャリストである。チームを勝利に近づけるだけでなく、サッカーファンに新たな試合の楽しみ方を供給するなど、活躍の場は幅広い。 そこで今回は、I…

 日本ではまだ馴染みがないかもしれないが、 マッチアナリストとは試合データをもとにした分析のスペシャリストである。チームを勝利に近づけるだけでなく、サッカーファンに新たな試合の楽しみ方を供給するなど、活躍の場は幅広い。

 そこで今回は、ISSE(Italian Soccer & Sport Events)を主宰し、イタリア国内の複数のクラブで専属マッチアナリストして活動する、ステファノ・コルシーニ(ACピサ1909ユース監督)とマッシモ・サッカー(エンポリFCユース監督)に、チャンピオンズリーグ(CL)第3節のマンチェスター・シティvsナポリの分析を行なってもらった。2-1でシティに軍配が上がった激闘の、 勝敗を分けたポイントとは。



スターリングのゴールなどで第1戦に勝利したシティ

 photo by Getty Images

***

 現地時間10月17日に相対した、ジョゼップ・グアルディオラとマウリツィオ・サッリ。今日のサッカー界において1、2を争う戦術家である両監督が率いるマンチェスター・シティvsナポリは、サッカーファンはもちろん、マッチアナリストにとっても最も注目する一戦だった。

 試合前日の会見で、サッリは「世界最強のマンチェスター・シティを相手にナポリは自らのスタイルを貫けるのか。おそらく不可能だろう。しかし、挑む義務が我々にはある」と述べている。

 ナポリの最大の武器は、相手を窒息させるようなプレスと、速く正確なパスワーク。しかし、シティのプレスとパスワークは、ナポリの一段上のレベルにある。ナポリの強さは徹底して主導権を握ろうとするサッカーに支えられているが、シティ相手にそれを実践できるのか。サッリの戦術はグアルディオラのサッカーに通用するのかという点が、この試合のポイントだった。

 その答えは、試合開始直後に出されることになった。組織戦術の水準だけでなく、個々の技術、パワー、スピードなど、すべてにおいてシティがナポリを圧倒していた。

 シティの「4-3-3」のシステムは、攻撃の際に「3-2-4-1」に形を変え、状況に応じて「3-4-3」にも「3-2-5」にも変化した。

 ボールを失えば、すぐさまナポリのボールホルダーを囲んで奪い返す。たとえボール奪取ができなくても、「4-1-4-1」か「4-5-1」、あるいは「5-4-1」へと素早く滑らかに移行することで、ナポリの攻撃を遮断。これほど効果的に、局面の変化に応じて最適のフォーメーションをとれるチームは稀だ。やはり、グアルディオラの手腕は”さすが”と言う以外にない。
 
 特に有効だったのは、攻撃の際の「3-2-4-1」だ。【図1】のように、左SBのデルフが中央(MFフェルナンジーニョの隣)に入ってMFの役を務める形は、グアルディオラ得意の戦術。その仕掛けに、ナポリ得意の”ゾーン・プレス”が無力化した。



【図1】この試合でポイントとなった、シティのデルフとウォーカーの動き

 ナポリの右のFWカジェホンは行き場を失くし、MFハムシクも敵の3人(MFデ・ブライネ、MFフェルナンジーニョ、SBウォーカー)の間で右往左往するしかない。そして最も重要なのは、ピッチ中央に入ってMFの役を務めるシティの左SBデルフに対し、その位置にまでプレスに行くべきMFジエリニスキが、まったく前に出られなかったことだ。

 これは、自らの背後が数的不利になることを恐れたからだ。【図1】で明らかなように、シティはセンターラインより自陣側(DF、MF)で5対4の数的優位を確保し、ナポリのプレスを難なくかわす。センターラインより相手側(MF、FW)にボールを運ぶ際には、右SBのウォーカーが上がることで6対5(または6対6)の状況を作っている。

 より高い位置からプレスを仕掛けたいナポリだが、ただでさえ数的不利なうえ、シティのパスワークが極めて高精度なために、なかなか前に出ることができない。しかも、サッリ率いるナポリは、冒頭に記したように”徹底して主導権を握ろうとするスタイル”を絶対的な柱とするチーム。劣勢になった際に自陣に引いて相手のミスとカウンターを狙う、たとえばユベントスのような戦い方をオプションとして用意していないのだ。



【図2】サネからシルバにパスが出る瞬間

 グアルディオラはそのナポリの性質を読み切っていた。前半15分の時点でポゼッション比率はシティが76%と圧倒し、その間にナポリは2失点を喫している。サッリが指揮を執るようになってから、これほど完膚なきまでにやられるナポリを見るのは初めてだった。

 とりわけ、シティの1点目に至る過程で犯した3つのミスは、サッリの緻密な戦術では起こり得ないはずだったという意味で特筆に値するのではないか。シティの圧倒的な強さを目の当たりにし、ナポリの選手たちが完全に混乱していたことを象徴している。

 その3つのミスを細かく見ていくと、第1のミスが起こったのは【図2】の前半7分56秒。シティのFWサネからMFシルバに縦パスが出る瞬間、ナポリのMFジエリニスキはシルバへのマークが完全に(約3m)遅れている。この遅れが、タッチライン際からマイナスのクロスを入れるシルバに対し、約1mのスペースを与える結果となった。



【図3】シルバにパスが通り、クロスが上がる瞬間

 第2のミスは、シルバにパスが通りクロスが上がる7分56秒から同58秒にかけて(【図3】)。この場面で、ナポリの中央のMFであるディアワラは”ディスク(PKスポット)”をカバーするのが絶対的なセオリー。しかしディアワラは、シルバの動きに釣られて完全にポジショニングを誤っている。

 そして第3のミスは、7分59秒の場面。タッチライン際からマイナスのクロスが入ってくる攻撃に対して、DF3枚が”ネガティブ・ダイアゴナル”で守ることをナポリは鉄則としている。具体的に言うと、このシーンでは右CBアルビオルがニアポスト、左CBクリバリがゴールマウス中央、左SBグラムがファーポストのゾーンを守ることになる。しかし【図3】からもわかるように、グラムはタッチライン方向に1mほどポジションを下げてしまった。



【図4】ウォーカーのシュートを防いだ後の、スターリングがシュートする場面

 結果として、ウォーカーに1発目のシュートを打つスペースと時間を与えることになった。そのシュートはクリバリがなんとか跳ね返したが、こぼれ球をスターリングが押し込む。第2のミスの説明で記した通り、ここでこぼれ球を拾うべきディアワラは、【図4】のように自陣のゴール方向に6mほど下がった位置にいた。

 試合後、この局面でのあり得ないミスの連続を、サッリは「ペナルティエリア内の”埋め方”を誤った」と述べている。シティのクオリティの高いサッカーがミスを連続させたとも見るべきだが、果たしてサッリは、11月1日の第4節で再び対戦するシティをどういった策で封じようとするのか。

 先の試合で早々に2点ビハインドとなったナポリだが、前半35分あたりから持ち直して後半28分には1点を返すなど、ほぼ互角の戦いに持ち込むことができていた。その最大の理由が、前述の”左SBデルフが中央に入りMFの役を務める、グアルディオラ得意の戦術”に対応したMFアランの投入(後半11分)にあるとすれば、試合開始から同様の策を講じてアグレッシブなプレスを仕掛ける確率は高い。

 一方、戦術に対応した後のナポリの強さを目の当たりにしたグアルディオラが、第1戦とまったく同じ戦術で試合に臨むとは考えにくい。それぞれのチーム状況は、CLグループリーグ第3節を終えた時点で全勝のシティ(勝ち点9)に対し、ナポリはすでに2敗(勝ち点3)。是が非でも勝たなくてはならないナポリを相手に、シティはどんな策を用意してプレス網を破ろうとするのか。そして、それを受けてサッリがどう動くか……といった、高度な戦術の応酬が見られることを楽しみにしている。

 11月1日の試合はナポリのホームスタジアム、スタディオ・サン・パオロで行なわれる。戦術とはまた違った視点だが、その試合を前にもうひとつ抑えておきたいのが、ナポリの街と人々の”特異性”だ。

 ナポリはセリエA第11節が終了した時点で単独首位。そのサッカーの質は、グアルディオラをして「欧州最高レベル」と言わしめているにもかかわらず、ナポリファンの大半が監督のサッリに対して猛烈な批判を浴びせている。

 多くののファンがチームに求めるのは、あくまでも”国内リーグ制覇”であり、CLは二の次。ナポリの街全体が、マラドーナを中心にスクデットを獲得した1989-1990年シーズン以来となる、”宿敵”ユベントスの連覇を阻んでのセリエA優勝を望んでいる。そのため、過密日程のなかでCLの試合に主力を起用する監督に批判が集中しているというわけだ。

 そんなナポリ特有の”逆風”を受けながら、やはりサッリは主力11人をピッチに送るのか。これもまた、別の意味で次戦の見どころとなるだろう。