今回も、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)とマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が戦いの主役を演じた。だが、雨のセパン・サーキットで彼らが繰り広げた戦いは、今シーズン何度も見られた真っ向勝負の接近戦ではなく、や…

 今回も、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)とマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が戦いの主役を演じた。だが、雨のセパン・サーキットで彼らが繰り広げた戦いは、今シーズン何度も見られた真っ向勝負の接近戦ではなく、やや離れた距離を保ちながら、したたかな計算とプレッシャーと意地が交錯してちりちりと神経が灼(や)けていくような、そんな緊張感の張り詰めた戦いになった。



ドヴィツィオーゾ(中央)が執念を見せて今季6勝目をマーク

 まずは、第17戦・マレーシアGPを前にしたドヴィツィオーゾとマルケスのチャンピオン獲得を巡る条件を整理しておこう。

 第16戦を終えた段階で、ポイントリーダーのマルケスと2位ドヴィツィオーゾの差は33点。マレーシアGP終了時に26点差が開いていれば、マルケスの年間総合優勝が決まる。

 優勝者には25ポイント、2位は20点、以下の順位は16点、13点と加算されるので、マルケスは優勝もしくは2位でゴールすれば、ドヴィツィオーゾのリザルトに関わりなく自力でチャンピオンを確定できる。マルケスが3位や4位でフィニッシュしたとしても、ドヴィツィオーゾは優勝する以外に最終戦へ希望をつなぐことができない。

 要するに、ドヴィツィオーゾはなにがなんでも優勝しなければいけない、という状況に追い込まれていたわけだ。

 その金曜午前と午後のフリー走行は、2回ともドヴィツィオーゾがトップタイム。高い緊張感を維持して必勝態勢で臨んでいることは、この日の彼の表情や走行後のコメントからも十分にうかがえた。予選でもポールポジションこそ逃したものの、僅差の3番手タイムでフロントローを獲得。一方のマルケスは3列目7番グリッド。やや厳しい位置からのスタートである。

 日曜の決勝日は、開始時刻直前に南国特有の粒の大きい雨がひとしきり降って、フルウェットコンディションでのスタートになった。

 レースは序盤にヨハン・ザルコ(モンスター・ヤマハ Tech3)がトップを走行し、やや離れてホルヘ・ロレンソ(ドゥカティ・チーム)-マルケス-ドヴィツィオーゾという順序で推移した。ほどなくドヴィツィオーゾはマルケスの前に出て3番手に浮上。2番手にいたロレンソが一時は1秒以上の差を開いてリードしていたザルコを捕まえると、続いてドヴィツィオーゾもオーバーテイクし、レース中盤にはロレンソ-ドヴィツィオーゾ-ザルコ-マルケスという順になった。

 この状態でレースが終わるとマルケスのチャンピオンが確定するため、ロレンソはおそらくどこかでドヴィツィオーゾを前に出すのではないか、とも思われたが、その矢先にヘアピン状の最終コーナーでロレンソがあわや転倒というヒヤリとする一瞬があった。その隙をうまく突いてドヴィツィオーゾが前に出たことで、チームオーダーを発動するまでもなく、ドヴィツィオーゾ-ロレンソ-ザルコ-マルケスという順序に落ち着いた。

 これでドヴィツィオーゾにとっては、次戦にチャンピオン争いを持ち越す条件が整った。

 ちなみに、このレース中盤に2分13秒台を維持できていたのはドヴィツィオーゾとロレンソの2台のみで、ザルコとマルケスは14秒台、さらにマルケスは終盤に15秒台へとペースを落としている。

 ドヴィツィオーゾにパスされた前後の状況について、ロレンソはレース後に「ストレートエンドでフロントが切れ込み、そこをうまく突かれてしまった。がんばってついていったけれど、背後に張りつき続けるのは難しかった」「フロントは限界で、ドヴィについていくのはブレーキングでもかなり厳しい状態だった」と話している。

 一方のドヴィツィオーゾは「本当に限界で、ホルヘが前を走っているときは何度もフロントが切れそうになっていたし、自分が前を走っているときもフロントが切れそうだった。路面のグリップが低く、マージンを見込む余裕などなかった」と終盤の展開を振り返る。

 20周のレースを終え、トップでチェッカーを受けたドヴィツィオーゾは執念でシーズン6勝目をもぎ取って、最終戦へ年間総合優勝の決定をもつれ込ませることに成功した。

「バレンシアはマルクの得意コースだから、厳しい戦いになるだろう。自分たちにできるのは、今回のウィークと同じアプローチで高い水準を保ちながら、勝利を目指してひたすらがんばることしかない。とはいっても、勝負はマルクの手の内にある」(ドヴィツィオーゾ)

 一方、4位で終えたマルケスはレース後に「レースはウェットで滑りやすく、どこが限界かを見極めることも難しかった。いつでもミスしそうな状態で、今日のドゥカティは2台とも僕より速かった。途中でザルコに追いつきそうだったからがんばってみたけど、(3位で終えて)24ポイント差にするのと、(この状態で無理せずフィニッシュして)21ポイント差では、バレンシアに向けてそんなに大きな差がない。だから4位キープに切り替えたんだ」と話した。

 最終戦のバレンシアGPが行なわれるリカルド・トルモ・サーキットは、マルケスが得意とする左周りのコースで、しかもポイント差は21点。ドヴィツィオーゾが言うとおり「勝負はマルクの手の内にある」状態だが、この状況は御(ぎょ)しやすく自分に有利だと考えているのかどうか、最後にマルケスに訊ねてみた。

「御しやすいだろうとは特に思っていない。過剰な自信は持ちたくないからね。次のレースも、今までと同じメンタリティで備えたい。好材料は、バレンシアは好きなコースで、いつもあそこでは速く走れるということ。今は家に帰ってリラックスしてトレーニングし、100パーセントの力でバレンシアに臨みたい」

 過去に数々のドラマを演出してきたバレンシアには、今年もまたひときわ劇的な展開が待ち受けていそうな気配である。