いつだって輝きはスペシャルだ。 ラグビーワールドカップ(RWC)の優勝トロフィー『ウェブ・エリス・カップ』のことである。全国高校ラグビー大会を4度制した伏見工もそうであり、同校OBの故・平尾誠二さんもそうだった。 もう1年も経つのか。「ミス…

いつだって輝きはスペシャルだ。 ラグビーワールドカップ(RWC)の優勝トロフィー『ウェブ・エリス・カップ』のことである。全国高校ラグビー大会を4度制した伏見工もそうであり、同校OBの故・平尾誠二さんもそうだった。

もう1年も経つのか。「ミスターラグビー」が53歳の若さで天国に召されて。

「今でも、そこからすっと出てきて、“おう、トシ”って声をかけられそうで」。薄暗い廊下。伏見工ラグビー部時代、平尾さんとハーフ団を組んでいた同期の高﨑利明さん(京都工学院高校教頭)は寂しそうな顔でぼそっと漏らす。

「亡くなっても、まだまだ、ラグビー界に影響のあるスゴイやつだなと改めて思います。平尾誠二という男のお陰で…。ほんと、一生に一度あるかないかの、夢のような話が現実になりました」

夢のような、と表現したのは、10月25日、全国を巡回中の優勝トロフィーが京都市伏見区の京都工学院高校にも来たことだった。これは、RWC2019組織委員会の事務総長特別補佐を務めていた平尾さんの功績ゆえだろう。もちろん、高校ラグビーをけん引してきた伏見工の歴史とも無関係ではあるまい。

伏見工といえば、人気TVドラマ「スクール☆ウォーズ~泣き虫先生の7年戦争~」のモデルとなったことで知られる。平尾さん、高﨑さんと同世代の筆者もドラマに夢中になった。伝統の赤いジャージーと黒いパンツ。その伏見工業高校は洛陽工業高校と統合し、昨年4月に京都工学院高校が開校した。

「伏見工・京都工学院」というチーム名は本年度が最後となる。前日の夜、同校はこの学校のグラウンドで全国大会の京都府予選の初戦を戦い、雨の中、大勝していた。その学校に世界にたったひとつしかない優勝トロフィーが来たのである。

この日、“泣き虫先生”こと、山口良治総監督も学校にこられた。74歳。こげ茶の杖を持たれているが、お元気である。こう、ゆっくり話された。言葉に実感がこもる。

「しあわせだな、今の子たちは。一生の思い出になるなあ」

記憶がよみがえる。伏見工赴任当初のころの苦難の時代を思い出すと、「悔しくてなあ」と涙声になった。「大事なのは、希望を語ること、夢を語ること」。信は力なり、である。

さあ優勝トロフィーのお披露目である。ラグビー部員にとってはサプライズが演出された。授業を終え、3年生の約30人の部員が2階の筋力トレーニング室に集まった。教室ふたつ分ぐらいの広さにダンベル、赤・青・黄のおもりのバーベルが並ぶ中、赤色の練習ジャージー姿の部員たちが体育座りで座った。

トロフィーのプロモーションビデオが流され、ラグビー部GMの高﨑さんが部員に聞く。

「このトロフィー、どこにあると思う?」

「大阪!」

小さな笑いが起きた。

「そうや、日本を巡回してんのや。じつは、うしろ、ちょっと振り返ってもらおうか」

何が起こるのか、不思議そうな顔で部員が後ろの白い布に覆われた台座に注目した。その布がするりと外される。キラキラ、ピカピカ。黄金色に光り輝く『ウェブ・エリス・カップ』が現れた。一斉に歓声が沸き起った。

「うわぁー」

「おぉぉぉ」

「すげぇ」

ラグビー部員の目もキラキラ、みんな“夢見る夢子ちゃん”のような目だった。優勝トロフィーを囲む輪が小さくなった。高﨑さんが言った。関西のイントネーション。

「これ、レプリカちゃうで。ほんまもんや。絶対、さわるなよ。ええか、これは世界で一番になったチームだけがもらえる優勝トロフィーや。さわったら、世界中のラガーマンを敵に回すぞ。風邪ひいているやつは近寄るな」

ちょっぴり太めのセンターの部員が優勝トロフィーにずんずん詰め寄った。すかさず、高﨑さんの冗談が飛ぶ。

「おまえ、触ったら、プロップいかすぞ!」

そのあと、グラウンドに場所を移して、こんどは約80人のラグビー部員に対して、優勝トロフィーが披露された。歓声が沸く、嘆声が漏れる。笑顔がはじける。

雲が割れ、陽が傾いてきた。ナイター照明に照らされたグラウンドはかつての伏見工の土ではなく、緑色の人工芝である。時代は変われど、歴史は脈々と受け継がれる。

遠くの西山の山際に赤い夕焼けがのびる。隣の稲荷山からはカラスの泣き声が聞こえる。優勝トロフィーを真ん中に赤色ジャージーのラグビー部員が並ぶ。山口総監督や高﨑GMの顔には幸福感とプライドがにじんでいる。

はい。記念撮影!

ロックの亀川直哉主将が大声を張り上げた。全員が右手でガッツポーズをつくった。

「ブイ・ファイブ(V5)するぞ~、オ~」

かたまりが解かれた。朴訥な亀川主将が言葉を絞り出した。

「驚きです。感謝です。ラグビーワールドカップはラグビーをしている選手にとっては最大の目標です。僕らの目標はまず、全国大会出場、そして(全国大会)V5です。こつこつ。こつこつ、がんばっていきます」

ベンチに一緒に座って、再び山口さんと雑談させてもらった。「よう、こんなところまで持ってきてくださった」。言葉に滋味が帯びる。

「いい人生の思い出や。日本でやるラグビーワールドカップで、われわれ(日本)の代表が、これを獲ってくれるとうれしいなあ」

これもご縁だろう。平尾さんが他界して1年。学校名が変わる節目に優勝トロフィーが母校に来た。高﨑さんはしみじみと言った。

「新たな歴史をつくる、そういう学校になっていくだろう」

平尾さんの遺志は?

「ラグビーを楽しむことかな、やっぱり。自分らしく」

楽しむとはラクではなく、とことん努力し、己を高めることを意味する。みんなと一緒に。

2年後、平尾さんやぼくらの夢見るラグビーワールドカップが日本にやってくる。輝く未来。新しい物語が生まれる。

(文/RWC2019組織委員会報道戦略長・松瀬学)