室屋義秀の2017年をひと言で総括すれば、「有言実行のシーズン」ということになるのだろう。今季4勝でエアレース年間王者に輝いた室屋 レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップに参戦し、6シーズン目を迎えた今季、室屋はついに念願…

 室屋義秀の2017年をひと言で総括すれば、「有言実行のシーズン」ということになるのだろう。



今季4勝でエアレース年間王者に輝いた室屋

 レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップに参戦し、6シーズン目を迎えた今季、室屋はついに念願かなって年間総合優勝を果たした。今季開幕前、「今年はズバリ、総合優勝が目標になる」と宣言していた通りの初戴冠である。

 また、室屋は年間総合優勝、すなわちチャンピオンシップポイントランキングでトップになった以外にも、全8戦のうち4戦を制し、5戦で表彰台に立ち、同じく5戦でファイナル4へ進出。各項目で年間自己最多の数字を残した。記録づくめのシーズンは、室屋にとって大きな飛躍の年であったことを物語る。

 室屋は6シーズン目での年間総合優勝について、「早かった」と振り返っていたが、2009年にデビューした当初の苦労を思えば、やはりその印象は強い。特にこの2、3年の変化は目覚ましかった。

 一昨季、室屋は初めて年間2度の表彰台に立ち、いよいよトップを視界にとらえ始めたかと思ったら、そこから世界一まではあっという間の出来事だった。昨季までの5シーズンで1勝しか挙げていなかったパイロットが、今季だけで4勝も挙げたのだから、驚くべき進歩というしかない。

 とはいえ、有言実行のシーズンも、いつまでも手放しに喜んでばかりはいられない。当然のことだが、課題もはっきりと残ったからだ。

 そのことは、室屋が今季開幕前に残したコメントを引けばよくわかる。すでに記したように、室屋は今季の目標が年間総合優勝であることを公言すると同時に、そのための条件についても次のように語っていた。

「年間総合優勝のためには、(全8戦のうち)6戦くらいはファナル4に残る必要がある。1位にこだわる必要はないが、6戦くらいでコンスタントに表彰台に上がり、そのうち1、2勝することが必要になると思う」

 だが、実際の室屋はどうだったか。

 勝利数こそ4勝と望外の結果を残したものの、表彰台、ファイナル4の数では当初の見通しを下回った。

 それだけではない。室屋は全8戦のうち2戦で0ポイント(11位以下)に終わっている。今季チャンピオンシップポイントランキング上位6人のなかで、0ポイントのレースが2戦もあるのは室屋だけだ。

 確かに、今季の結末は劇的だった。最終戦のファイナル4、しかも最後のひとりが飛び終わるまで覇権の行方がわからないという展開は、あまりにドラマティックで、これ以上ないほどの盛り上がりを生み出した。

 しかし、よくよく考えてみれば、ひとりのパイロットが全レースの半分で優勝しながら、最後の最後まで優勝争いがもつれたこと自体、ちょっと不思議な状況である。今季の室屋が、いかに”出入りの激しい”フライトをしていたかの証明だ。

 対照的に、最後は室屋の後塵を拝したマルティン・ソンカは、第6戦でラウンド・オブ・14敗退(9位)があったものの、0ポイントのレースはなく、それ以外の7戦のうち6戦でファイナル4に進出。1位が2回、3位が2回、4位が2回、5位が1回と、安定感では明らかに室屋を上回っていた。開幕前に室屋が語っていた優勝までの道のりに、より近かったのはソンカのほうだった。

 室屋は今季のベストレースとして、「(ラウンド・オブ・14からファイナル4まで)3本すべてのフライトのクオリティが高かった」という、サンディエゴでの第2戦を挙げた一方で、ワーストレースに挙げたのが、カザンでの第5戦。「パイロンヒットした後に平常心を失ってしまい、ミスを取り返そうとしてもう一個(ペナルティを)もらってしまった。昨年とか、一昨年とかの、悪いときのパターンに陥った」と振り返る。こうした波の大きい不安定さが、年間総合優勝への道を険しくしたわけだ。

 レッドブル・エアレースに参戦しているパイロットたちに、長いシーズンを戦い抜くうえでのカギは何かと尋ねれば、十中八九、「Consistency(堅実さ、安定感)」という言葉が返ってくる。

 その意味で言えば、今季初タイトルを手にした新世界チャンピオンも、来季以降に大きな課題を残した、そう言わざるをえないだろう。室屋は「ファイナル4へ行ったら強いというのは、我ながらスゴいなと思うところもありますが」と言いつつ、こう語る。

「今年はアップダウンが大きくて、周りのミスに助けられて勝てたところがありました。総合優勝しているわりに、ジェットコースターみたいな成績ですよね。4勝したけど、2位は1回もないし。ワーッと勢いでワールドチャンピオンを取った感じでした」

 そして室屋は、ひとりのレジェンドを引き合いに出し、話を続ける。そのレジェンドとは、過去3度の年間総合優勝を果たし、レッドブル・エアレース史上ただひとり2連覇を成し遂げているかつての絶対王者、ポール・ボノムである。

「やっぱり、ポールの勝ち方とは違うなと思いますね。僕の場合、本選はよかったけど、予選は安定していないということが多かったけれど、ポールの場合はそれがほとんどなかった。彼の操縦技術の高さ、安定感にはまだまだ届いていない。(今季のチャンピオンシップポイントランキングで)上位3、4人はほとんど力の差がないので、今年のように何勝もして一気にポイントを獲得して差を縮めるということは、これからは難しくなる。こんなに1位が取れたのは、ちょっとしたラッキーもあったと思いますから。来年はどうやって安定して飛ぶか。そこはまだ研究の余地がありますね」

 ホームランか、三振か。有言実行のシーズンも、振り返ってみれば、そんな大味な内容だったわけだ。

「結果的に今年はホームランのほうが多く、大当たりの年だったけれど、一歩間違えれば、来年は三振王になってしまう危険性もある。そこはきちんと分析して、詰めておかなければいけないと思っています」

 そして、室屋は笑顔でこう続けた。

「来年は(ホームランはなくても、ヒットを続けられる)イチローっぽい感じで勝ちたいですね」

 現在のレッドブル・エアレースは群雄割拠の時代にある。ひとつ勝ったからといって少しでも気を抜けば、たちまち先頭集団から脱落してしまう。

 昨季、全7戦(1戦は悪天候で中止)で3勝、2位が3回と圧倒的な強さで年間王者に就いたマティアス・ドルダラーにしても、今季は1勝もできず、チャンピオンシップポイントランキングで7位に終わっている。

 パイロットのトレーニングでも、機体の改良でも、このくらいでいいだろうと妥協してしまえば、置いていかれるのはあっという間だ。

 だからこそ、室屋は自戒も込めて語る。

「世界チャンピオンにはなれたが、これから先も自分の目標が『操縦技術世界一』であることは変わらない。まだポールの域までは達していないし、操縦技術はまだまだ追い続けていきたい。2連覇もそれを極めていくなかで手にできるんだと思います」

 有言実行の悲願達成にも、室屋はまったく満足する様子を見せない。見ている側からすれば、もっと喜んでもいいのではないかと思ってしまうほどに、レース直後にひととき歓喜に浸って以後は、カメラを向けられてもどこか淡々と黄金のトロフィーを掲げている。

 しかし、言い方を変えれば、もしも室屋が最後の最後でタイトルを逃していたとしても、それほど落ち込むことはなかったに違いない。なぜなら、優勝できたかどうかの結果とは無関係に、正確に自分の現在地を測ることができているからである。

「もちろん、こうして(優勝という)形になったのはうれしいですけど、チャンピオンになっていなくても自分の実力やチームのパワーは変わらないわけです。だから、これ(トロフィー)がなかったとしても、それは他の誰かに評価されないだけで、自分たちが行なってきたプロセスが合っていることを、自分たちは評価できている。それが一番大事なんじゃないかな。仲間と一緒に自己実現していくプロセスが楽しみなのであり、そこでの成果にはチームスタッフみんなが満足している。充実感はありますね」

 2連覇は果たすべき目標――。室屋は凱旋帰国後、来季の目標を問われると、そう答えている。もちろん、ウソではないだろう。だが、恐らくそこには、多分にリップサービスの意味合いが含まれている。なぜなら室屋は、タイトル獲得が必ずしも目指す頂への道しるべにはならないことも、よくわかっているからだ。

 だからこそ、室屋は世界チャンピオンになれた。そして、まだまだ強くなれるのである。