「楽天ジャパンオープン」(10月2日~10月8日/日本・東京/ハードコート)の男子ダブルス。「全豪オープン」「全米オープン」とグランドスラムでダブルスを2勝しているジェイミー・マレー(イギリス)、ブルーノ・ソアレス(ブラジル)ペアに対して大…

「楽天ジャパンオープン」(10月2日~10月8日/日本・東京/ハードコート)の男子ダブルス。「全豪オープン」「全米オープン」とグランドスラムでダブルスを2勝しているジェイミー・マレー(イギリス)、ブルーノ・ソアレス(ブラジル)ペアに対して大金星を上げ、日本人ペアとして12年ぶりとなるダブルス優勝を果たしたマクラクラン勉(日本)と内山靖崇(北日本物産)だが、マクラクランは元々ニュージーランド出身である。そのマクラクランがどのようにして日本人選手としてプレーすることになったのか。その経緯をATP公式サイトが次のように報じている。

マクラクランはニュージーランドで育った。夏の間は日本で過ごし、アメリカ、カリフォルニア大学バークレー校を卒業。(全ては22歳までの出来事だ。)ダブルスのスペシャリストは、日本とは彼の母親を通じて繋がりがあるという。そして、日本のパスポートを所有している。

「父親はニュージーランド人で、母親は日本人。人生のほとんどはニュージーランドで過ごしたが、幼い頃は一年に一度は祖母に会いに日本に来ていた。」とマクラクランは言っている。

日本人プレーヤーへの転向は現実的な理由によるものだ。日本でテニスをすることは、より公の場に出ることや、より先進的なトレーニング施設を利用できることなどを意味する。マクラクランは日本人プレーヤーとして、そしてプロのプレーヤーとして更に上を目指すために決断した。ニュージーランドではサポートがなかったことを考えると、日本のためにプレーをするという考えは、ビジネスとしての良し悪しは別として、無視するにはとても魅力的すぎるものだった。

「ニュージーランドから日本へとパートナーを変えることが、ダブルスのプレーヤーとしてのキャリアにとってベストだと思い、決断した。」

「テニスはニュージーランドではそこまで盛んではない。日本では、更なるサポートが受けられるとわかった。日本にいるときは、国際トレーニングセンターでトレーニングをしている。」とマクラクランは言った。

日本人プレーヤーとして登録後間もなく、マクラクランは「デビスカップ」への日本代表として選ばれた。その事実が、即座にマクラクランの姿勢と士気にいい影響を与えた。

「ほんの数週間前に「デビスカップ」の日本代表プレーヤーとして選ばれてからは、以前と違って、自分自身を信じるようになった。」

「自分に自信がついた。」とマクラクランは語った。そして10月8日、日曜日、彼の新しい国での成功は叶ったのだった。

ワイルドカード参加で、マクラクランは内山と組み、第2シードのマレー、ソアレスペアに対し6-4, 7-6(1)で勝利し、日本人ペアとしては2005年の東京以降から日本人ペアでの12年ぶりとなるATPツアー優勝を果たした。この週はマクラクランがATPツアーでのメインドローに初めて姿を表した記念すべき週でもあった。

彼は日本のためにプレーすると決めたとはいえ、それによって荷物をまとめ、6000マイル近く引っ越しをするという面倒などは求められていない。マクラクランはまだ、ニュージーランドのクイーンズタウン郊外に住んでおり、家にいる時は兄であり、コーチであるリキとトレーニングをしている。彼はまだ日本を知りつつある段階であり、母国ニュージーランドとの全てのつながりを断ち切ってはいない。トレーニング目的やただの休暇や余暇であろうと、彼は大部分の時間を母国で過ごしている。故郷から遠く離れているが、彼の心に近しい国のためにプレーするという考え自体は爽快である。

「クイーンズタウンは故郷だ。リラックスできる。」

「(日本より)もっと田舎だ。...友達がいて、アウトドアのような町だ。しかし日本にはまだ本当は住んだことがなく、ただ訪れたことがあるだけなので、とても新鮮に感じるのが気に入っている。食べ物が好きで、文化を楽しんでいる。ダブルスのレギュラーパートナーもまだ決まっていないので、(どこの、どの大会に参加するか)考える際には、とても柔軟に対応できる。」とマクラクランは言った。

柔軟性という利点はコートでも証明されている。今年だけで言えば、4度ダブルスのファイナルに進んだうち、3回は異なるパートナーであった。6月にはイタリアのトビーでの「ATPチャレンジャーツアー」のタイトルをスティーブン・デ・ワアード(オーストラリア)と獲得し、一ヶ月後にはワアードと「コルティーナチャレンジャー」でのファイナルに進出した。先月は、マクラクランはチェン・ティ(台湾)と、韓国の「光州チャレンジャータイトル」のためにチームを組んだ。

短期間ではあったが、仲間の日本人プレーヤーである内山とのコラボレーションは、今までで最も成功したものであった。「それほど一緒にプレーをしてこなかったと感じているが、一緒にプレーするたびに、二人がどんどん強くなっていった。」とマクラクランは語った。「いつかまた、彼とともにプレーするのを楽しみにしている。」

彼の好成績によって、少し前であったら手の届かなかったようなことが見えてきた。例えば、グランドスラム参戦である。未だ、マクラクランは遠すぎる未来のことまでは考えていない。その代わりに、彼のキャリアにとって最も重大な経験になるであろうものを待ち望んでいる。

「今週の東京での試合では、よくプレーしたと思う。雰囲気を楽しみ、ハイエナジーでプレーした。ランクがかなり上がったので、まだ今シーズンの最後を考えてはいない。もしかしたら、かつては叶わなかった、他の(より大きな大会でプレーする)機会があるかもしれない。今は、「全豪オープン」に兆しが見えていて、そこでプレーしたいと思っている。」とマクラクランは語り、今後の意気込みを述べた。(テニスデイリー編集部)※写真は「楽天ジャパンオープン」で優勝カップを手にしたマクラクランと内山

(Photo by Matt Roberts/Getty Images)