スペイン・マドリッドで開催されている「ムトゥア マドリッド・オープン」(ATP1000/5月1~8日/賞金総額571万9660ユーロ/クレーコート)は男子シングルス準決勝が行われ、第6シードの錦織圭(日清食品/6位)は第1シードのノバク…

 スペイン・マドリッドで開催されている「ムトゥア マドリッド・オープン」(ATP1000/5月1~8日/賞金総額571万9660ユーロ/クレーコート)は男子シングルス準決勝が行われ、第6シードの錦織圭(日清食品/6位)は第1シードのノバク・ジョコビッチ(セルビア/1位)に、3-6 6-7(4)で惜敗した。  もう一方の準決勝は、第2シードのアンディ・マレー(イギリス/2位)が第5シードのラファエル・ナダル(スペイン/5位)を7-5 6-4で破り、8日に行われる決勝はジョコビッチとマレーのトップ2シードの対決となった。    ◇   ◇   ◇  ジョコビッチはなぜ強いのか、という問いを投げたとき、専門家の大部分は、技術や、そのほかの要素を差し置き「重要なポイントを取れるから」と答える。この日、勝負を分けたのは、まさにそれだった。  ジョコビッチのサービスで始まった第1セットの第1ゲームを、錦織は、この上なく目覚ましいやり方でスタートさせる。フォアハンドの逆クロスのウィナー。バックハンドのダイン・ザ・ラインに続くドロップショットのエース。そしてふたたび、フォアハンドのノータッチエース。たちまち0-40と3ブレークポイントを握ったその序盤の様子を、錦織は「今日は、ジョコビッチのスタートが悪かった。ボールも浅かったし、いつも以上にミスもあったおかげで、どんどん攻撃的にプレーしようと思うことができた。左右に打ち分けて、いいテニスができていたと思う」と思い出す。  しかしその0-40から、ジョコビッチの4本のサービスが錦織のブレークを阻むのである。後知恵だが、この場面でのジョコビッチが、実は余裕をかましていたわけではなく、かなりのプレッシャーを感じていたと後に聞いた暁には、ここで崩せなかったことを悔やみたくもなろうというものだ。

 「圭は第1セットの最初の3ポイントで、並外れたスタートを切った。あらゆるコーナーにウィナーを打ちこんできた。だから彼のゲームプランが何であるか、彼が何をしようとしているかは明らかだった」と試合後にジョコビッチは言っている。「彼は最初のポイントから、それを非常に効果的にやってのけた。しょっぱなから、厳しい試合になるとわかったよ。彼は球が短くなるや、すぐにアグレッシブに強い球を打ち込んできたからね」。

 第1セットの残りを通し、錦織は何度となくストロークでノータッチのエースを奪い、ジョコビッチのサービスゲームにもプレッシャーをかけ続けた。しかしジョコビッチは、多少の苦労をしながらも、結局は自分のサービスをキープしていく。そして3-4から最初のブレークを果たしたのは、ジョコビッチのほうだったのである。  「1セット目も2セット目も、違いを生んだのは1ゲームの何ポイントかの差だった。今日はここまでの彼との試合の中でも、一番充実したテニスができていた」と錦織。「焦りすぎず、無駄なミスも少なかった。その中で1セット目にブレークされたゲームでは、彼がレベルを上げ、深いボールを打ってきたり、ミスなくアグレッシブにプレーしてきた。そういう本当にわずかなところの差だったと思う」と錦織は分析する。  確かにジョコビッチは、この第8ゲームにいいショットを集中させた。セカンドサービスを攻撃して錦織にミスを強い、バックハンドのダウン・ザ・ラインをライン上に打ち込み、フォアハンドのクロスでエースを奪い、深いリターンを打ち込んできた。同じように、もし錦織が第1セット第1ゲームで、何とかあと1ポイントを取っていたら先にブレークしていたはずだったが、ジョコビッチはそうさせず、錦織はそうすることができなかったのである。  このワンブレークゆえに、錦織は攻撃的ないいテニスをしながらも、第1セットを3-6で落とす。そして第2セットでも、ジョコビッチは2-2からの錦織のサービスゲームで勝負に出た。といっても、錦織のバックハンドのミスから始まったそのゲームで、ジョコビッチはラリー戦になると打ち負けていたのだ。しかし錦織のダブルフォールトやストロークのミスのおかげでブレークポイントをつかむと、最後はいいストロークのコンビネーションで攻めて、ブレークに成功した。  しかし幸いなことに、この試合の山場はここからやってくる。伏線は、ジョコビッチが、錦織のサービスをブレークしにかかった5-3からの第9ゲームで、ドロップショットとショートクロスの応酬の末に錦織がスマッシュを決めたポイントだった。これで観客を一気に味方につけた錦織は、「アオラ(今だ)、ケイ!」の声援に押されて流れを引き寄せ、反対にジョコビッチの様子がおかしくなるのである。  実際、ジョコビッチがサービスをキープすれば終わるはずだった、第2セット5-4からの第10ゲームは、実に奇妙だった。40-0と3マッチポイントを握ったジョコビッチは、そこから2本のダブルフォールトとストロークのミス、そして何本かの錦織のいいショットのせいでリードを失い、最後は錦織のロブに飛びついてボレーをミス。錦織が5-5と追いつくと、観客の熱狂は最高潮に達した。

ノバク・ジョコビッチ

 「スポーツでは、試合の流れはわずかなきっかけで変わってしまう。特に圭のように、能力が高く、非常にアグレッシブな選手に相対している場合には。彼は攻撃するチャンスを見つけるや、飛びついてくる選手だ。実際、それが、彼がやったことだった。彼はのびのびと打ち始め、プレーの主導権を握り始めた。僕は引き腰になり、ややナーバスになってしまった」とジョコビッチは、後に告白している  惜しまれるのは、錦織がそこにつけ込み切れなかったことだろう。もつれ込んだタイブレークで、ジョコビッチはふたたび堅固なプレーを取り戻し、スリル溢れる凌ぎ合いの末に、結局7-4でこれを制して、ストレートでの勝利を決める。ジョコビッチは、ナーバスになったことを告白した上記の言葉のあとに、こんなふうに続けていた。

 「その一方で、僕はそのあといかに対処できたかに満足感を覚えている。タイブレークでは非常にプレッシャーがかかる状況だったにも関わらず、堅固にプレーできた。4つのマッチポイントを逃したことを知りながら戦ったにしては、本当にしっかりできたと思う。このような状況を切り抜けられたという事実は、メンタル的な意味でよいことだ。自信につながるよ」  しかしそれは錦織にとっても、自信につながる経験だった。

 タイブレークでも、追いついてはサービスで凌がれてしまっただけに、「彼のサービスがよかったのもあるけれど、特に大事なポイントで、もう少しコースを読み、リターンできていたらよかった。だいぶワンサイドを狙われたところもあり、それを読めなかったのは、少しもったいなかった」と悔しさもにじませた。しかし錦織は、「今日はいいスタートを切り、フォアハンドでラリーの主導権を握り、アグレッシブに、やりたいプレーができていた。まだ2セットで負けているので差はあるかもしれないけど、(ジョコビッチに)近づいてきているように感じた」と手応えも口にする。  「これまでのどの年よりも、クレーでの戦い方自体はよくなってきている。(対フォニーニの)1回戦、ほとんど負けそうだったことを考えれば、ここまでこれたということにも収穫はある。今日の試合もすごくチャンスがあったので、もったいないというか、悔しい気持ちはもちろんあるけれど、これからフレンチ・オープンに向け、いいフィーリングと自信を持って進んでいきたい」と錦織は言う。「次の大会を楽しみにしている」という彼の次の行先、ローマで、早くも次の戦いが始まろうとしている。 

(テニスマガジン/ライター◎木村かや子、構成◎編集部)