「新基準バント」を制する者は、春を制すのか──。 低反発の新基準バットが導入されて1年が経った。今春のセンバツでは準々決勝が終わった段階でサク越え本塁打は4本(ランニング本塁打は2本)。プロスカウトが注目するようなスラッガータイプの3年生も…

「新基準バント」を制する者は、春を制すのか──。

 低反発の新基準バットが導入されて1年が経った。今春のセンバツでは準々決勝が終わった段階でサク越え本塁打は4本(ランニング本塁打は2本)。プロスカウトが注目するようなスラッガータイプの3年生も見当たらない。各チームはピンチを迎えると、外野陣が大胆な前進シフトをとるようになっている。

 試合を見ていると、重要な局面でバントを選択するチームが目立つ。長打が期待できないため、確実にランナーを送ってチャンスを広げる作戦に出る。まるで昭和の高校野球に戻ったかのようにも映る。

 本稿では、バント作戦の是非について問うつもりはない。バントがカギを握るなか、センバツ球児がバントにどんなこだわりを持っているかにスポットを当ててみたい。

【バットは引かずに押し込む】

「低反発バットに変わって、バントのやり方が変わりました」

 そう語るのは、広島商(広島)の中本拓志(2年)だ。中本は昨秋の公式戦で10試合に出場し、チーム最多タイの5犠打を決めている。

「芯に当ててバントしても、打球が勢いよく前にいかない感じがします。今までのようにバントする寸前でバットを引いてしまうと、勢いが死にすぎてキャッチャーゴロになったり、ファウルになったりするんです。だからバットを前に止めたまま、手に力を入れてボールに負けないようにバントするようになりました」

 広島商は3月21日のセンバツ初戦で、横浜清陵(神奈川)と対戦。1回裏に犠打で内野守備のミスを誘うなど、スクイズを含めて3犠打を決めて2点を先制している。

 1973年夏の甲子園決勝でサヨナラスクイズを決め、日本一に輝いたこともある広島商。同校にバントのイメージを持つオールドファンも多いだろうが、そのバント技術は新基準バットの導入によってアップデートされている。

 広島商では、1番から9番まで打順にかかわらず全員が送りバントを決められるよう、準備している。強打が武器の4番打者・名越貴徳(2年)は、「中学では1回もバントをしたことがなかったんです」と明かす。

「チームが全国制覇するために、バントを練習するようになりました。ヘッドを下げずに立たせて、右手を押し込む(名越は右打者)イメージです。荒谷(忠勝)監督から『新基準バットは押し込みが弱いとファウルになるから、引くんじゃなくてしっかり押せ』と言われていました。練習では剣道の小手をつけて、みんな練習しています」

 新基準バット導入は、バントをお家芸にする広島商にとっては追い風なのではないか。主将を務める西村銀士に聞くと、こんな反応が返ってきた。

「うまくコースに転がせばヒットになりますし、広商はバントによってチャンスをつくれるチームなので。それはチーム全体でも感じています」

 ただし、ほかのチームに話を聞くと、「新基準バットでも従来のバットと技術的には変わらない」という声も多かった。これはチームや個人によって、感覚の違いがあるのかもしれない。


至学館の9番打者・西川一咲

 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【わざとファウルにする真意】

 ここからは大会中に見つけた「神技バント職人」の技術を紹介していこう。

 至学館(愛知)の9番打者・西川一咲(いっさ/2年)は、3月21日のエナジック・スポーツ(沖縄)戦でこんなセーフティーバントを見せた。

 初球を三塁側に転がし、ファウルに。すると続く球に対してもバントの構えを見せ、今度は一塁側に転がしたのだ。ちょうど一塁手と投手の間に転がる、絶妙な位置。間一髪アウトになったものの、相手守備陣に揺さぶりをかけるじつに嫌らしいバントだった。

 試合後に西川に話を聞くと、「ちょっと勢いが弱かったですね」と反省の弁を口にしながら、こんな裏話を明かしてくれた。

「1球目のファウルはわざとです。あえて外してサードに意識させておいて、セカンド方向にバントすると決まりやすくなるので」

 さすがは東海地区でジャイアントキリングを起こしてきた、くせ者揃いの至学館の9番打者。西川の話を聞きながら、そう思わずにはいられなかった。身長165センチの小兵は、中学時代からバント技術を磨いてきたという。

「中学1年までは『打てる』と思っていたんですけど、中学2年から打順が9番まで落ちて......。自分は足に自信があるので、『バントをやらないとまずいな』と練習を始めました。前まではサード方向へのバントが得意だったんですけど、今はプッシュバントが得意になりました。相手のポジショニングを見て、どちらにも転がす自信があります」

 至学館は初戦でエナジック・スポーツに敗れたものの、今後も東海地区で不気味な存在感を放ち続けそうだ。

【エナジック・宮城飛斗の驚きの発想】

 対するエナジック・スポーツにも、奇妙なバント職人がいる。背番号15をつけた左打者の宮城飛斗(ひっと)。昨秋の公式戦は5試合に出場し、5打席で5犠打を決めている。まさに「ピンチバンター」である。

 バントについて聞くと、宮城はこう豪語した。

「どんなに速いボールでも、簡単に(打球を)殺せる自信があります。ミスする感じはしないです」

 宮城は身長165センチ、体重71キロの小兵だ。昨秋はバントしかしていないため、九州大会決勝・沖縄尚学(沖縄)戦で代打起用された際には、沖縄尚学の三塁手が前進して強烈なチャージをかけてきた。

 すると、宮城は驚きのアイデアを思いつく。

「ホームベースに当てて、バウンドさせよう」

 ホームベースは硬いため、首尾よくボールを当てられれば高く弾むことになる。高く弾めば捕手や三塁手が捕球しても、送りバントは決められるという寸法だ。ただし、そんなことが現実に可能なのか、という疑問も残る。

 宮城は「練習でやってみたら、案外できたので」とサラリと口にしたが、まだ理解が追いつかない。実際に宮城はバントをしてホームベースに当てたうえで、三塁手に捕らせている。

 コツはあるのか聞いても、宮城は「バットを上から当てて、ホームベースに当てるんです」と事もなげに答えた。宮城は幼少期から好き好んでバントをしてきたそうだが、もはや天性の感覚としか言いようがないのかもしれない。

 宮城の父・卓さんは沖縄水産の二塁手として、1996年春のセンバツに出場。高校日本代表に選出されたこともある、名選手だった。ピンチバンターを務める宮城に対して、卓さんは「チームから与えられた大事な仕事なんだから、まっとうすればいい」とエールを贈ってくれたという。

「練習を重ねてきたので、自分のバントでチームの勝利に貢献したいです」

 そう語る宮城の表情は、晴れやかだった。

 高校野球においてバントというプレーは、ネガティブにとらえられる風潮もある。その一方、甲子園のグラウンドではバントに誇りを持つ職人たちが、今日もバットを構えている。