野球はボールを遠くに飛ばす競技でも、速いボールの投げ合いでもない。 前年の選抜優勝校・健大高崎(群馬)との1回戦を前に明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督はこう語った。「相手のほうが間違いなく、実力では上でしょう。でも、6対4くらいの差であれば…

 野球はボールを遠くに飛ばす競技でも、速いボールの投げ合いでもない。

 前年の選抜優勝校・健大高崎(群馬)との1回戦を前に明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督はこう語った。

「相手のほうが間違いなく、実力では上でしょう。でも、6対4くらいの差であれば勝つチャンスはある」


明徳義塾のエース・池?安侍朗

 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【明暗を分けた10回の攻防】

 明徳義塾のエース・池﨑安侍朗は140キロを超えるストレートとスライダー、カーブを低めに集めるサウスポー。昨夏の甲子園では2回戦の鳥取城北戦で完封勝ち。3回戦の関東一戦でも好投を見せた。

「2対1か1対0の接戦に持ち込んで、相手のエラー、フォアボールが出てれば......」というのが馬淵監督の目論みだった。

 強打の健大高崎と比べれば打力では見劣りするが、接戦での勝負強さでは負けない。そんな自信をのぞかせていた。

 1回裏、明徳義塾がノーアウト一、二塁のチャンスをつかむ。3番の好打者・藤森海斗の送りバントがダブルプレーとなり、先制機を逃した。

 4回表、健大高崎がヒットで出たランナーをバントで送り先取点を奪った。明徳義塾の守備のミスが絡んだ得点だった。

 5回裏に藤森のライトオーバーのスリーベースで同点に追いつき、9回表にはセンターの好返球で得点を許さなかった。

 ロースコアの接戦ならば勝機がある──そう踏んだ馬淵監督の望んだ展開になった。

 タイブレークにもつれ込んだ10回表、ヒットとワイルドピッチで2点を奪われた明徳義塾は、10回裏二塁ランナーが飛び出して憤死。無得点で抑えられて1回戦で姿を消した。接戦に持ち込めば勝てるはずの明徳義塾が自らのミスで敗れた形だ。

【馬淵監督が指摘する課題と敗因】

 試合後、馬淵監督からはため息が漏れた。

「今日はミスが多かった。いいプレーもあったんですけどね。やっぱり初回がねえ。あれ(ノーアウト一、二塁から3番・藤森のバントで併殺)で重苦しい雰囲気になりました。バントでランナーを送って、1点でも取れておれば相手が硬くなったと思うけどね。ボール球だったんで、見逃しておけばビッグチャンスになったかもしれない」

 明徳義塾もエース・池﨑は9回を5安打、1失点で抑える好投を見せたが、最後まで打線の援護はなかった。

「池﨑は前半、タテのカーブがあまり決まらなくて苦しんだけど、1失点でしのいだわけやから。長打を打たれそうな雰囲気はなかった。問題はやっぱり、バントを絡めた攻撃でしょうね。8回、ノーアウト一塁の場面で4番の里山楓馬にバントさせましたが(2球ともファウル)、スリーバントをさせてもどうなかと思ってバスターをさせました(結果は三振)。8回裏、ノーアウト一塁の場面からチャンスを広げて1点を取っていれば、相手にはものすごくプレッシャーがかかっていたと思う。そのあたりにチームとしての課題がある」

 苦しみながらも接戦に持ち込むことに成功したが、何かが足りなかった。

「ウチは打線が弱いから、勝つためには2対1か1対0しかないと選手に言ってきました。そういう意味では(9回を1対1で終えて)いい感じで試合を進められていた。失敗もあったけど、ペース的には悪くなかった。タイブレークになって、ウチは一番からの攻撃でしたから」

 しかし、タイブレークになってからもミスを重ねた。

「10回表、はじめのバッターに変化球を投げてバントを決められたでしょう。あれはどうなんかなあ。ストレートのほうがバントを失敗する確率が高いと思うけどね。速い球で攻めるのがあの場面でのセオリーですよ。もし変化球を投げるんならボールにしないと。負ける時にはそういうミスが出るんです。普段からずっと言っていることができなかった」

【負けたのは監督の責任】

 甲子園ではミスをしたほうが負ける。これまで敗軍の将が語ってきた言葉どおりの結果になった。

「結論から言うと、10回表の2失点目、ワイルドピッチが痛かった。1点でとどめておけば攻め方はいろいろあったから。打力がないならないでバントをうまく使ってと考えていたけど、両方を強化せんとダメなんでしょう。(10回裏、飛び出してアウトになった二塁ランナーの)池?に『なんで?』と聞いたら、バッターがバントすると思ったからと言う。やっぱりあれはダメですよ」

 エースの池﨑が最少失点に抑え、バントを絡めて勝利をもぎ取ってきたが、この戦い方では夏は厳しいと馬淵監督は言う。

「春まではピッチャーが抑えて勝つということができるけど、夏に全国大会で勝とうと思ったら打てるバッターがふたりくらいいて、バントなど細かいこともできないと」

 明徳義塾の「らしさ」が見えたのは10回表だ。ワンアウト三塁の場面でスクイズを外し、ピンチを脱した。

「あまり動く(仕掛ける)監督じゃないけど、初回からずっと見ていて『ここはスクイズでくる』と思ったので外しました。あの時だけ、ジェスチャーが大きかった。9回表のあれ(センターからの好返球でタッチアウト)はいいプレーでしたね。普通ならあればこちらの流れになるのにそうならなかった。やっぱり力の差でしょうかね」

 接戦を落としたあとだけに、課題が次から次へと出てくる。

「里山はまだまだ。最後のワイルドピッチは止めてやらないと。そうしないと、ランナー三塁の時にピッチャーが低めに投げられなくなるから。まだまだ練習が足らんということでしょうね。あれはピッチャーの責任じゃない。

 池?の課題はカーブが抜けること。もっと安定感がほしい。体が大きくないから『全身を使って投げないと』と思うのはわかるけど、8割くらいの力で投げても抑えられるようにならないと。じつはチェンジアップが投げられないんです。夏までに覚えてくれれば投球の幅が広がるはず」

 3番の藤森も、池﨑と同様に下級生の時からチームの中心を担ってきた。

「藤森は器用で足も速い。でも、バッターはどんくさいほうがいいんですよ。『(自分には)これしかない』というほうが試合で結果が出せる。長打も打てるバッターなんで、3番としてどっしり構えてどんどん振ってもらいたい。もっとレベルの高いところで野球をやりたいのなら。本人がどう考えるかでしょうね」

 この11月に古稀を迎える名将は力なく笑った。

「ミスのあるチームでは勝ち上がることができない。負けたのは監督の責任、監督が悪い。夏に40回目(の甲子園に)出られるように頑張ります。だけど、僕ももう70歳ですから。今日の寒さはこたえたよ」