クアラルンプールの街やKLIA(クアラルンプール国際空港)の周辺には、「F1」と「フィナーレ」をかけた「F1NALE」のキャッチコピーを掲げた看板があちこちに立ち並んでいた。日本GPに次ぐアジアで2番目のグランプリとして1999年から…

 クアラルンプールの街やKLIA(クアラルンプール国際空港)の周辺には、「F1」と「フィナーレ」をかけた「F1NALE」のキャッチコピーを掲げた看板があちこちに立ち並んでいた。日本GPに次ぐアジアで2番目のグランプリとして1999年から開催されてきたマレーシアGPが、19回目の今年で終わりを迎える。



ドライバーにとっても思い出の詰まったセパン・サーキット

 セパンでは、さまざまなドラマが生まれてきた。

 2003年は予選でフェルナンド・アロンソ(当時ルノー)が初ポールポジションを獲得。決勝ではキミ・ライコネン(当時マクラーレン・メルセデス)が初優勝し、アロンソは初表彰台を獲得した。

 2009年には豪雨で赤旗中団となり、31周でレースが終わった。同じく豪雨の赤旗を挟んだ2012年は、ザウバーの戦略が当たったセルジオ・ペレスがアロンソ(当時フェラーリ)を追いかけ回し、優勝まであと一歩というところまでいった。

 2013年にはレッドブルのセバスチャン・ベッテルとマーク・ウェバーが激しいバトルになり、ウェバーを勝たせる「マルチ21」というチームオーダー暗号が話題になった。昨年は独走していたルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)がまさかのエンジンブローに見舞われ、レッドブル勢同士の戦いの末にダニエル・リカルドが優勝した。

 アロンソは、赤道直下の高温多湿な気候がドライバーにもマシンにも厳しく、さらにスコールのような波乱要因があるのがドラマチックになる理由だと語る。

「セパンはいいサーキットだし、レイアウト的にはドライバーにとっても、エンジニアにとってもチャレンジングなコースなんだ。熱のせいでクルマにもチャレンジングだ。だから、ここでレースが行なわれないのは残念だよ。今までにウエットや赤旗などでさまざまなドラマが演出されてきたし、ファンにとってもいいサーキットだったと思う。去年のハミルトンのエンジンブローだって、マルチ21だって、そうだよね。今週末の最後のグランプリでもいいレースになればと思うよ」

 当時の史上最年少記録となった初ポール・初表彰台獲得のマレーシアは、アロンソにとって今でも特別な場所だ。

「僕にとっては初ポールポジションを獲った場所でもあるし、その土曜日の夜に熱が上がりすぎて眠ることができなくて、クアラルンプールで医者にチェックしてもらったほどタフなレースだったけど、それでも初表彰台を獲得することができた。とても特別な週末だったよ。それに僕はこのサーキットでルノー、マクラーレン、フェラーリで優勝しているし、タイヤもミシュラン、ブリヂストン、ピレリとすべてだからね」

 セパンに特別な思い出を持つドライバーは多い。2012年に初表彰台を獲得したペレスもそのひとりだ。

「僕にとってマレーシアはとても特別な場所のひとつだ。2012年に初表彰台を獲得した場所であり、それがセパンでのベストな思い出だけど、同時にあのときに初優勝を逃したことが最悪の思い出でもあるね(苦笑)」

 ベッテルもセパンは特別だという。2015年の第2戦として開催されたマレーシアで、フェラーリ加入後初の勝利を挙げたからだ。

「2015年は特別だった。フェラーリでの初勝利だったからね。あの日はレースの中身も後も本当にすばらしい1日だった。それに2013年も、レース後に少し雑音に悩まされはしたけど、いいレースだったと思うよ」

 ファンにとっては、ドラマチックな荒れた展開を期待できるマレーシアGPの終了は残念なことだ。しかし、ドライバーたちのなかには内心ホッとしている者もいるかもしれない。マレーシアは暑く、なおかつ中高速コーナーが多いため、フィジカル面ではもっともタフなレースだからだ。

 路面が再舗装されてグリップレベルが格段に上がった昨年は、レース後に多くのドライバーが座り込んでしまうほど疲労困憊していた。今年はマシンの運動性能が上がり、さらに厳しいレースになるのではないかと見られている。

「去年のマレーシアGPは、僕が今まで経験したなかでもっとも暑くてタフなレースだった。今年もかなり汗をかくことになりそうだよ」(ペレス)

 マレーシアでのレースは、軽めのサウナで運動するようなものだという。コクピット内の温度は常に50度近くで、心拍数は平均170。約90分間のレースで3リットルの水分を失い、4リットルのドリンクを摂取しても消費カロリーは1500kcalにも及ぶ。

「マレーシアでレースをするのは、ちょっと弱めのサウナに入っているようなものだよ。僕らはレーシングスーツや耐火ウェアを着て、ヘルメットを被り、なおかつシート自体も熱いし、電気ボックスに囲まれていてクルマのなかも暑い。本当に暑いよ。脱水症状にならないようにすることが重要だ。たくさんの水と電解質を含んだスポーツドリンクを飲み、汗として失う水分を補給しなければならない。それができなければ、痙攣(けいれん)に見舞われたり、ひどい場合だと視界が失われたりするんだ」

 そう語るバルテリ・ボッタス(メルセデスAMG)は、第14戦・シンガポールGPではマシン搭載のドリンクボタンがまったく機能せず、水分を摂取できない状態で2時間のレースを走るうちに脱水症状に見舞われて意識が朦朧(もうろう)とし、最後は視界もぼやけていたという。それでも特別な処置は必要なく、レース後に2時間ほど安静にしているだけで身体は回復したというから、2017年型マシンに備えてより一層のトレーニングを積んだF1ドライバーたちの体力には恐れ入る。

 多くのドライバーが日曜や月曜など週の早めにマレーシア入りし、赤道直下の高温多湿に身体を慣らす。シンガポールGPの後はそのまま東南アジアにとどまり、バリ島やプーケット島などでバカンスを兼ねてトレーニングをしていたというドライバーも少なくない。

「身体が暑さに慣れるためには3~4日かかるんだ。最初は屋外でのトレーニングから始めて、正しく汗をかくことができるように身体を慣らしていく。現地の人たちと同じように暑さに耐えることはできないけど、この数日間の慣らしが大きな意味を持つんだ」(ボッタス)

 ピットガレージ裏には「アイスバス」や「リカバリープール」と呼ばれる水風呂が用意され、走行後のドライバーたちはこれに浸かって身体をクールダウンする。レース前には保冷剤を入れたクーリングベストを身に着けるなどして体温を下げておくこともある。ベストは体温より0.4度ほど低いだけだが、それでもその温度差がそのままレース後まで続くのだから、かなり違ってくるという。

 マーカス・エリクソン(ザウバー)のフィジオセラピストを務めるアレックス・エリジュはこう語る。

「マーカスの場合は各セッション走行後に、アイスバスに5~10分ほど浸かって身体を冷やす。決勝の前にも入って身体を冷やしておくと、コクピットに座ったときに『暑い』ではなく、『暖かい』と心地よく感じられるからね。氷入りのクールベストで体温を低くキープしておくことも忘れない。我々はシンガポールGPからバリに滞在しているし、体力的には問題ないから、あと重要なのは自分が直面する暑さと不快さを知っておくこと。身体だけでなく頭も準備ができていなければ、冷静に戦い抜くことはできないんだ」

 クルマにもドライバーにもこのうえなくタフなマレーシアだからこそ、若手の初記録などドラマチックな展開も多々起こる。マシンが進化し、これまで以上にタフなレースになる今年は、どんな展開が待っているのか。最後のマレーシアGPを見逃さないでもらいたい。