井上の次期対戦相手として「最有力」と見られているピカソ。その実力はいかほどか。(C)Getty Imagesメキシコ最難関のUNAMに在学する秀才ファイター 現代の最強王者・井上尚弥(大橋)の今後の試合予定を聞いて、胸をときめかせたボクシン…

 

井上の次期対戦相手として「最有力」と見られているピカソ。その実力はいかほどか。(C)Getty Images

 

メキシコ最難関のUNAMに在学する秀才ファイター

 現代の最強王者・井上尚弥(大橋)の今後の試合予定を聞いて、胸をときめかせたボクシングファンは多いことだろう。1月24日に東京・有明アリーナで行われた防衛戦でキム・イェジュン(韓国)を4回KOで一蹴した“モンスター”は、今春以降でラスベガス、サウジアラビアといった海外を拠点にスーパーバンタム級、フェザー級の強豪と対戦していくという。

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 試合翌日の会見で大橋ジムの大橋秀行会長が名前を挙げたWBA世界スーパーバンタム級暫定王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)、WBA世界フェザー級王者ニック・ボール(英国)との対戦は文句なしの好カード。さらに来年中には3階級制覇・中谷潤人(MT)との日本人スーパーファイトの実現も示唆されており、しばらくは楽しみな時間が続きそうな予感がある。

 そんな中、次戦にあたるラスベガスでの試合で対戦相手として「最有力候補」と喧伝されているアラン・ピカソ(メキシコ)に関しては、世界ボクシングにかなり詳しいマニアでもそれほど馴染みがないのではないか。31勝(17KO)0敗1分と無敗のファイター、WBCの指名挑戦者でもある24歳はいったいどんな選手なのか。“モンスター”を脅かすだけの力はあるのだろうか。

 身長173cm、リーチは178cmとスーパーバンタム級にしてはサイズに恵まれたピカソは、インサイド、アウトサイドの両方で戦える多才さが売りの選手である。最近ではどちらかといえば長い腕を折りたたんで打ち合う姿が目立ち、2024年は5戦5勝(2KO)。とりわけ8月に井上とのスパーリング経験もあるアザト・ホバニシャン(アルメニア)とのWBCシルバータイトル戦で完勝したのが出世試合となった。

「ピカソは知的なボクサーであり、知的な人間でもある。その頭の良さはリング上の戦い方にも現れており、誰が相手でも適応できる。イノウエも例外にはならないだろう。(井上が相手でも)アジャストメントを施せるよ」

 メキシコの最王手プロモーション会社『Zanfer Promotions』のフェルナンド・ベルトラン氏にピカソについて尋ねると、真っ先に頭の良さを長所として上げた。実際、ピカソはメキシコで最難関とされるUNAM(メキシコ国立自治大)に在学し、神経学を学んでいる知性派ボクサーでもある。他の指名挑戦者を差し置き、本格的な世界進出を図る井上の最初の相手としてプッシュされた背景には、そんなユニークなバックグラウンドも影響しているのかもしれない。

「トップボクサーであり、大学で学ぶ秀才。そういった背景もあって、ピカソはまだ王者ではないにもかかわらずすでに人気選手なんだ」

 ベルトラン氏がそう述べるように、興行の世界において“人気がある”というのは極めて重要な要素である。特にアメリカ西海岸でのボクシングイベントでは、“メキシコ人を巻き込め”というのが常に成功の鍵。そういった意味で、井上にとって2021年以来となるベガスでの相手が実績で大きく上回るアフマダリエフではなく、「メキシカンアイドル」の素養を持ったピカソというのは理に叶う。

 

無敗街道を突き進む井上。このボクシング史に残る怪物との対戦は一筋縄ではいかないが、ピカソ陣営は「勝てる」と語る。(C)Lemino/SECOND CAREER

 

力量差は井上の断然優位。それでもピカソ陣営が試合を受け入れる理由は?

 少し気の早い予想を巡らせておくと、やはり井上が断然優位だろう。スピード、パワー、スキル、そして経験で“モンスター”が大きく上回る。サイズの違いは顕著になりそうではあるが、万能派とはいってもピカソは身長、リーチを生かした戦い方はまだ洗練されてはいない。また、井上のボディブローも効果を発揮しそうであり、まだ試されていないピカソの耐久力次第では早いラウンドのKO決着も考えられる。

 プロモーターを務めるベルトラン氏も今では全階級を通じて最高級の実力としての名声を確立させた井上の力量はもちろん認めている。

「イノウエはすべてにおいて優れたコンプリートファイターだ。頭がよく、コンビネーションは素晴らしい。パンチは出した手は必ず元の位置に戻る。すべての子どもたちの手本になるチャンピオン。センセーショナルなボクサーだ」

 もっとも、その一方で、百戦錬磨のプロモーターはこうも付け加えている。

「もしも私たちが試合を受けるとしたら、それは勝てると考えているからだ。勝てないと思ったら、試合はさせない」

 そう力説する背後には、年齢的にも今が伸び盛りのピカソのアップサイド(伸びしろ)への期待感があるのだろう。完全開花したとはいえないヤングコンテンダーが、メキシカンの熱い期待を背負って世界最高級のボクサーに挑む。これまで以上に集中して臨むビッグステージで、潜在能力がさらに引き出されれば――。

「イノウエと対戦できることを願っている。私の人生最大の試合になる。これまでの試合以上に(大学に)許可を求め、ボクシングに100%、集中させてもらっている。準備はできていると感じるし、ベストを尽くす」

 1月25日、メキシコでの興行時にテレビのインタビューを受けたピカソは生き生きとした表情でそう述べていた。ベイビーフェイスの秀才ボクサーは、これまでの井上のキャリアに欠けていた“メキシコ人ライバル”になれるのかどうか。すべては今後の井上陣営との対戦交渉の行方と、あとはピカソの成長次第である。

[取材・文:杉浦大介]

 

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