2017年シーズン、アンドレッティ・オートスポート(AAS)入りした佐藤琢磨は、世界最大のレース、インディアナポリス(インディ)500で優勝した。ところがそのAASを1シーズン限りで離れ、2018年シーズンからはレイホール・レターマン…

 2017年シーズン、アンドレッティ・オートスポート(AAS)入りした佐藤琢磨は、世界最大のレース、インディアナポリス(インディ)500で優勝した。ところがそのAASを1シーズン限りで離れ、2018年シーズンからはレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)で走ることとなった。



来季はレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングで走る佐藤琢磨

 はっきり言って、インディ500ウィナーのそのシーズン限りでの移籍は異常事態である。なぜそんなことになったのかといえば、AASが2018年シーズンに向けて、エンジンをホンダからシボレーにスイッチする動きを見せたからだ。

 チームオーナーのマイケル・アンドレッティはシボレーとの交渉の事実を認めた。AASがシボレーエンジンになると、ホンダ契約ドライバーである琢磨はシボレーチームでは走れないので、来年走るホンダチームを探さねばならない状況に追い込まれた。そして、昨年も琢磨陣営がチーム入りを検討していたRLLとの交渉がいち早くまとまったというわけだ。

 その後、AASはホンダとの再契約が決定。マイケルは琢磨にチーム残留を求めたが、時すでに遅し。マイケルはあちこちのメディアで怒りをぶちまけたものの、自ら蒔いた種と言っていい。マイケルがシボレーへの変更を検討しなければ、琢磨は間違いなくAASに残っていただろう。

 琢磨と担当エンジニアとの関係は最高だったし、チームのエンジニアリング・スタッフとの息も合うようになってきた。3人のチームメイトたちとの仕事もよりスムーズさが増している印象だった。それを継続できないのは非常に残念なことだが、琢磨は移籍して前進を続ける道を選んだ。

 RLLは1992年に発足。1986年インディ500ウィナーのボビー・レイホールが興したチームだ。彼は1986、1987、1992年の3回、シリーズタイトルにも輝いている。アメリカ東部オハイオ州出身のドライバーで、知的でありながらアグレッシブなレースぶりを見せることで人気だった。チーム名のレターマン、ラニガンというのは共同オーナーの名前だ。

 RLLといえば、琢磨が2012年に1シーズンだけ走ったチームでもある。それ以前の3シーズンは資金不足からインディ500のみに参戦していたRLLだが、新型マシンが採用される年にフルシーズンエントリーができる体制を用意。ドライバーには琢磨が選ばれた。

 その年からオハイオ州コロンバスにある本拠地はGTシリーズを戦うBMWのワークスチーム専用施設となり、インディアナポリスにインディカー・チームを新たに設立。エンジニアリング部門を強化し、クルーを訓練、育成してチームの総合力を向上させてきた。2012年にはまだ高い実力は伴っていなかったが、琢磨はインディ500の最終ラップ、ダリオ・フランキッティと優勝をかけてターン1で勝負。結果はクラッシュと悔しい思い出になったものの、それが今年の劇的優勝に繋がる貴重な経験となったことは間違いない。

 2013年からRLLはドライバーにボビーの息子のグレアム・レイホールを起用。なかなか2カー体制を機能させるだけの資金確保は難しく、2014年からはグレアム1人を走らせる体制に縮小した。しかし、その後も2カー体制の確立を目標にスポンサー獲得に努め、ついに2018年シーズンに向けた資金を確保。グレアムのチームメイトに琢磨が起用されることになったのだ。

 RLLが実力を伸ばしていることは、この3シーズンの成績を見れば明らかだ。グレアムは2015年に2勝、2016年に1勝、2017年に2勝を挙げている。シリーズランキングは、それぞれ4位、5位、6位だった。

 2015年にエアロキットバトルが始まると、ホンダはシボレーに対して明らかに劣勢に陥った。しかし、RLLとグレアムはその年に2勝を挙げている。この年も翌年も、グレアムのランキングはホンダ勢最上位だった。2017年は強豪チップ・ガナッシ・レーシング・チームズがホンダ陣営に復帰し、スコット・ディクソンがランキング3位となってホンダ勢トップとなったが、それでもグレアムの6位はホンダ勢の2番手だ。

 これに対してAASは、強豪の一角に数えられているものの、ここ数年は停滞気味だった。2014年からの4シーズンでインディ500では3勝も挙げているため、低迷の印象は薄いが、4台体制を敷きながら彼らの手にした勝利数は2015年が3勝、2016年が1勝、2017年が2勝。直近の2シーズンでは1カー体制のRLLと同じ数字しか実現できていない。

 2017年のAASは、エンジニアリング部門の強化が功を奏して多くのコースでパフォーマンス・アップを果たしていた。そこではフィードバック能力、セッティング能力の高い琢磨の加入もプラスに働いていただろう。しかし、RLLがこの3シーズンに見せてきたマシンの戦闘力の高さは、どのコースでもトップレベルにあり、ビッグチームであるAASを明らかに上回るものだった。

 琢磨の移籍はシーズン終了前という早い時期に決まり、RLLはすぐさま彼のためのチーム作りに取りかかっている。優秀なクルーを他のチームから獲得することも、この時期であれば可能だろう。AASとすれば、琢磨と担当エンジニアをセットでRLLに引き抜かれることだけは避けたいところだが、果たしてどうなるのか。

 2018年シーズン、インディカーは全員が同じ新型エアロキットの使用を始める。マシン開発能力では定評のある琢磨にとっては、大きなチャンスとなる。インディ500連覇だって夢ではないし、コースを選ばず速さを見せているRLLでなら、年間チャンピオン争いも十分に可能だろう。