後方からつなぐ前橋育英(群馬)の縦パスを鋭い出足で奪い取り、プロ内定(→カターレ富山)のMF亀田歩夢が巧みなドリブルから先制ゴールを叩き込む。立ち上がりの12分に生まれた会心の一撃で、流通経済大柏(千葉)がそのまま勢いに乗るかと思われた。…
後方からつなぐ前橋育英(群馬)の縦パスを鋭い出足で奪い取り、プロ内定(→カターレ富山)のMF亀田歩夢が巧みなドリブルから先制ゴールを叩き込む。立ち上がりの12分に生まれた会心の一撃で、流通経済大柏(千葉)がそのまま勢いに乗るかと思われた。
ところが、その後は前橋育英の攻勢にさらされてしまう。
CKから再三のピンチを招くと、厚みのあるサイド攻撃に押し込まれる時間が続いた。そして31分に左サイドをぶち抜かれると、正確なクロスをエリア内で待っていたフリーの選手に叩き込まれ、あっさりと同点に追いつかれてしまった。
流通経済大柏は心技体の揃った好チームだった
photo by Kishiku Torao
後半は選手交代などで盛り返し、勝ち越しのチャンスも作り出している。20分間の延長戦も優勢だった。しかし、決定打を生み出せず、10人目までもつれ込んだPK戦の末、流経大柏はあと一歩のところで涙を呑んだ──。
7年前のリベンジと、互角に終わったプレミアリーグEASTの決着をつけるべく臨んだ、前橋育英との全国高校サッカー選手権大会・決勝戦は、技術と強度の備わった高校年代の頂点を決めるにふさわしい、質の高い試合だったと言える。
強度では流経大柏に一日の長があり、技術では前橋育英がわずかに上回った。その意味でも延長を含めた110分間の戦いが1-1のタイスコアに終わったのは、妥当な結果と言えるかもしれない。PK戦での決着はルールとはいえ、あまりに酷だった。
「負けないサッカー」を徹底してきた流経大柏は、この決勝戦でもそのテーマを貫いた。実際に試合では負けていない。しかし勝ちきれなかったことが、悲劇の結末を招いてしまったのだ。
前橋育英の山田耕介監督は、タレント力やプレミアリーグでの戦いを踏まえたうえで、流経大柏には「PK戦くらいでしか勝てない」と感じていたという。
もちろん、その言葉を額面どおりには受け取れないが、前橋育英にとって流経大柏はそれくらい強大な相手だったということだ。その意味では、実際にPK戦で勝利した前橋育英の術中にはまってしまった。
【55分の決定機をモノにできていれば】
立ち上がりの先制点は、まさに流経大柏らしいものだった。インターセプトを狙ったMF飯浜空風の鋭い守備と亀田の卓越した個人技が融合し、攻撃に転じようとした前橋育英の出鼻を容赦なくくじいた。
「狙っていましたし、前半にチャンスが少し来るかなと思っていて。自分はシュートを打たないと乗っていかないスタイルなので、最初のシュートを打ってから乗れて、ああいう得点を取れたのは本当によかったです」
J2のカターレ富山入りが決まっている亀田は、この試合でも際立った存在だった。得点だけではなく、華麗なドリブルで推進力と時間を生み出し、ズバッと刺すスルーパスでチャンスも作った。亀田のパスを起点に生まれた55分の決定機をモノにできていれば、結果はまた違うものになっていたかもしれない。
悔やまれるのは、31分の失点場面だ。左サイドに相手を追い込みながら、意表を突くドリブルに突破を許してしまう。この時、中央の守備陣は一瞬、集中力を欠いていたのかもしれない。後方から入り込んできた相手をフリーにしてしまったのだ。
「相手の15番(FW佐藤耕太)が自分と奈須(琉世)の間にいて、そこが一番のターゲットだと思ったので自分がついたんですが、スペースに入り込んできた13番 (MF柴野快仁)にやられてしまった。一瞬の判断でしたけど、あの場面は悔やまれます」
キャプテンマークを巻き、センターバックを務めるDF佐藤夢真は悔しさを押し殺し、そう話した。
そもそもこの失点場面より前から、守備がうまくはまっていなかったという。そう感じていたのはもうひとりのキャプテンで、佐藤とともに最終ラインを支えるDF奈須琉世だ。
「前半からいつもの自分たちらしさが出せなかった。前橋育英さんはすごくテクニカルなチームで、ポゼッションがうまかったので、いつもの自分たちの強度であれば外されなかったところで外されたり、個の突破も許してしまった。
【ビビって受け身になることはなかった】
失点シーンに関して言うと、クロスボールのところで、いつもならもっとタイトにいけたり、中のマーキングもしっかりできていたと思う。やっぱりボールウォッチャーになってしまって、視野が狭くなっていたと思います」
おそらくこの失点場面以外、流経大柏は前橋育英に決定機を与えていない。今大会屈指の強力2トップも、佐藤を中心に仕事をさせなかった。だからこそ、あの失点場面があまりにも惜しいのだ。
PK戦で敗れた試合後に、多くの選手の目は赤く染まっていた。それでも未来ある彼らに悔しさこそあっても、後悔はない。
榎本雅大監督率いるチームのスタイルを問われた佐藤は、胸を張って答えた。
「自分たちのなかでは、どんな相手にもビビらずに挑んでいくっていうのが榎本スタイルだと 思っていて。今大会はいろんな強豪校とやらせてもらいましたけど、自分たちがビビって受け身になるっていうことは本当になかった。今日の決勝でも、それを体現できたのかなって思います」
決勝の舞台でも臆することなくハイパフォーマンスを見せた亀田は、このチームに誇りを持っている。
「本当に後悔なくやりましたし、自分たちが一番強いと思ってここまでやってきた。楽しかったですし、日本一のチームだと自分は思っています」
後方からチームを支えた奈須は、最後までゴールをあきらめなかった攻撃陣に感謝の意を示した。
「試合中に、後ろはもう俺たちでやるから、前は存分に暴れて楽しんでくれっていうふうに伝えていて。本当に楽しそうに、伸び伸びとやっていましたし、得点は入らなかったんですけど、後ろから見ていてもすごく気持ちよかったので、悔いはないです」
頂点にはたどり着けなかったとはいえ、技術とフィジカル、さらには高い人間性まで備わる流経大柏が心技体の揃った好チームであったことは間違いない。
【高校サッカー界のトップランナー】
2020年に高校サッカー界の重鎮・本田裕一郎前監督から流経大柏を引き継いだ榎本監督は、感慨深げに振り返った。
「前任の本田先生が5つの星をつけましたので、そこにひとつでも足していけるような、そういうものを追い求めていこうと思っていますが、今、監督をまかせていただいているなかで、自分らしく、また新しい流経っていうものをこれからも作っていこうっていうふうに思っています。そういう意味では、少し手応えを感じているということです」
二度目の日本一にはなれなかったが、手にしたものは小さくない。伝統を継承し、進化を求める流経大柏は、今後も高校サッカー界のトップランナーであり続けるのだろう。